拍手連載 親鳥子鳥(2)
「と、言うわけでよい、こいつをしばらく置くことになっちまったんだが……」
「いいじゃねェか。そいつから何が出てこようが、しっかり“親父”をやってやれ」
「……わかったよい」
船長に事の次第を話したはいいが、男は自室でたまごを見つめてどうしたものかと思い悩む。
どうしたもこうしたも、ただ単に温めれば良いのだが……どうにも気が引ける。
サッチが言った「適任」と言う言葉は、おそらくマルコが一番隊隊長を務めているからという理由ではなく、不死鳥になれるからという意味でだろう。それをわかっているが故に、マルコはサッチの言う通りになってしまうことが腑に落ちない。“その姿”を見れば笑いの種にされるのは目に見えているのだ。
かといってこのまま放っておくことができないのもマルコと言う男。
ダチョウのそれよりも一回りほど大きな物を見て、とりあえず布団で包んでおこうと行動に移した。
先ほど自分が提案したことであったが、その様を見て果たしてこの方法で孵化できるのかを疑問に思った。
「おーいマルコー、ちょっと来てくれ―」
再びどうしたものかと頭を悩ませているところに、仲間の呼び声が掛かった。
あとで考えようと腰を上げ、扉へ向かったのだが、
ピクリ
布団ごとそれが動いたように見えた。
「なーな―マルコ、そいつまだ孵んねェのか?」
「おれが知るかよい」
文句と質問を垂れるエースを尻目にマルコは仕事をこなしていく。その傍らには毛布で包まれたたまご。
あれから約一週間ほどが過ぎていた。
たまごは既にマルコを親と認識しているのか、マルコが離れようとするとピクリピクリと動き、行かないでと言っているようであった。毛布で包んでいない時に離れようとしたら、そのままごろりごろりと転がり始めた。
それから、マルコはどこへ行くにでもたまごを持って歩くようになった。食事時、休憩時、見張りの時、風呂やトイレでさえ。 そして極力部屋から出ないようにした。仕事も自室でこなし、仲間との夕食後の酒盛りに交じることも止めた。
昼間陽の高い時だけは甲板に出るように努めた。陽の温かさを、仲間達の温かさをたまごに知らせるように。
最初はそれこそ仲間達も面白がっていたのだが、今では静かにその姿を見守っている。まあ、マルコの鋭い眼光に当てられたこともあるのだが。
あのサッチでさえ最近ではからかうのを止めているという。
「だがまァ、そろそろじゃないかねい」
それはマルコだからこそ感じ取れる変化。
仲間達にも船長にも決して見せることはしないが、夜眠る時だけは、不死鳥となりその身体で、翼で、尾でたまごを抱いている。
どくん、どくんと響いてくるたまごの胎動が、日増しに強くなっているのをマルコは感じていた。そしてそれは、孵化が間近であると告げているのだと。
その日の夜のこと――
まだ月がはっきりと姿を空に現している時。
マルコがいつものように不死鳥となり、ベッドを巣に見立ててたまごを抱えて眠っていた時のこと。
ピシッ ピキ、パキ
下腹部周辺の異常を悟ってマルコが目覚めたとき、既にたまごにはヒビが入り、一部は欠け落ちていた。
「……頑張れよい」
マルコは自然と、無意識に近いほど自然と言葉を掛けていた。
パキパキ、パキ
時折隙間から覗かせる頼りないくちばしを、マルコはじっと見つめていた。
「ピィー、ピ」
愛らしいその声を聴いた時、もう空は白んでいた。
2010.1221~2011.0109