唇にマーキング
「だはははははっ!! お前そりゃどうしたんだよ!」
腹痛ェと床を叩き、ヒィヒィと笑い転げているだろう野郎どもの声。
そんな海賊らしい馬鹿デカイ笑い声の中で、犬でも紛れたかと、キャンキャン喚く声が一際鮮明に聞こえてきた。
「笑うなー!! キッドならわかってくれるんだから!!」
何が起きているかわからねェが、かわいい犬がおれの名前を呼んでやがる。
そうとなりゃ、あァここはご主人様の出番か、と覚醒し始めた体を起こし、いつものコートを羽織って甲板へ出た。
どうした、と声を掛ければ全員が振り向いた。野郎どもの中心で立っている犬を見れば、こいつはこんなにもバカで不細工だったかと、自然と眉間に皺が寄った。
「おいナマエ、ふざけてんのか?」
「もう、これのどこがふざけてんのさ! よく見て!!」
見れば見るほど、ふざけたようにしか見えねェ。周りのやつらも、再び腹を抱えて笑いだした。
「ナマエ、色気づくのは大いに結構だ。色気はあるに越したこたァねェ。けどな、お前のはどうみても不細工だ」
「だっはっはっはっは!! 確かになァ、色気とは程遠いなァ!」
「ナマエー、化粧すんなら頭に教えてもらえー」
言いたい放題言われて真っ赤になったナマエは、「馬鹿ー!!!」と吠えて甲板を駆けていった。
今まで化粧っ気のなかったやつが、急に色気づくとああなるもんなのか。それとも酒場の女ぐらいしか見てないからか。
放っておくかと思ったが「どうしてもお前に見せたかったらしい」とキラーに言われ、理由ぐらい聞いてやるかと、豪華すぎる犬小屋へ向かった。
「何拗ねてんだよ。余計不細工になるぞ」
さっき出たばかりの部屋に戻れば、案の定不細工な顔をしたナマエが、ベッドの上で両膝を抱えていた。不細工っつったのが気に食わなかったのか、枕を投げつけてきやがった。
「で、そんなんした理由は何なんだ。つーかさっさと落とせよ」
「やだ! 今日からずっとつけることにしたの!」
「あ? 鏡見たのかよ。相当の不細工だぞ」
「不細工言うな!」
「あのなー。……ったく、てめェには濃すぎんだよ」
突き出された唇を、少し力を入れた親指でなぞってやる。
「てめェにはこんくらいだ」
「これじゃダメなのー!」
「真紅はてめェにゃどぎついんだよ」
薄めのピンクか、オレンジベースでも似合うだろうけどな。
「でもでも、真紅ってキッドの色でしょ? だから、真紅の口紅塗ると、なんだかマーキングみたいじゃない?」
「は?」
マーキングって犬か。いや、そうだこいつは犬だった。
待て。マーキングは犬がするもんだ。こいつの言い分を考えれば、ナマエはマーキングされてることになって、俺がマーキングしてることになる。……犬はおれの方か。
「ふざけんじゃねェ、誰が犬だ」
「犬なんて言ってないよ! マーキングって言っただけ!」
「うるせェ。だいたい、マーキングされたいならお前がおれにキスしてくりゃいいだけだろうが。それともあれか、そんなにキスされてェのか」
違う! と、両手を振っても無駄だ。そうかそうか、それは気付いてやれなくて悪かったな。ご主人様としては、飼い犬がふらふらしないように首輪も付けてやんなきゃな。
まずはおれが消しちまったもんを、もっかいつけてやんなきゃいけねェな。なァ? ナマエ。
2010.0901