良い男と良い女


 飲めや歌えやの大宴会。基本ナースは後片付けという名の酔っ払いの介抱や、喧嘩に発展した男達を仕方なく手当てするために奥で準備をしていたり、交代制を取り隅の方もしくは船長の近くで宴に参加していたりするのだけれど、今日は全員甲板のあちらこちらに散り散りとなっている。かく言う私も船長の隣ではなく、マルコとサッチ、付き合いの長いふたりと騒ぎの中心より少し外れた所に小さく円を作っている。

「良かったのか」
「いいのよ」

 それは宴会が開かれる1時間ほど前のこと。救護室で支度をしているとふたりが顔を出し「今日時間作ってやろうか」と言ってきたのだ。なんの、とは聞かずとも今日はもう宴会しか予定がないのだから、それに関することでふたりが口を出すようなことと言えば、ひとつしかない。

「今日は父親の誕生日よ。家族で祝うのが一番に決まってるじゃない」

 表立って背中を押されたことはないけれど、ふたりなりに私の恋を応援してくれているらしかった。そのありがたい申し出は気持ちだけ受け取っておくことにした。
 モビーディックの子どもだけではなく、傘下の息子や娘まで祝いに駆けつけているのだ。まだまだ娘から抜け出すことができずにいる私に占有権などない。おまけに、父親を一人占めするというわがままが許されるような年齢でもない。

「プレゼントとかは」
「あるわけないでしょ」

 それらしい物を渡した記憶があるのは、乗船して初めて迎えた船長の誕生日だけだ。その時に言われた言葉を今でも覚えている。

――ちまちましたことはすんな。おめェ達が元気でいりゃあそれでいい。

 それ以降はなにも用意しなくなり、私は意地でも体調を崩さないように努めた。

「それにしても、親父飲みすぎだろい」
「みんな手土産が酒だからなー。あれ、止めねェの?」
「いつもなら鬼の形相で怒ってるとこだよい」
「今日だけはね、特別なのよ」

 船長の手にしている赤子ひとりのプールにはなるだろう朱色の杯は、この宴が始まってから空になっていない。まるでそこに湧水を再現するかのように、息子達が代わる代わる、なみなみと注いでいくがゆえだ。
 ナースとしては、もう随分と前に止めに入るべき酒量。けれども、終始笑みを絶やさずに穏やかな空気を纏っている船長に、それを口にすることはできない。「んー……やっぱお前親父んとこ行って来い。こういう日こそアタックすべきだろ!ね〜船長〜ぅとか言って来い!」
「お前気持ち悪いよい」
「んだとマルコ!?おれはナマエのためを思って言ってんだぞ!ナマエもいーから行け!行きなさい!帰ってくんなチクショウ!」
「サッチいつの間にか出来上がっちゃってる」
「面倒臭ェ」

 3人でゆっくり飲みながら船長のことを眺めていようというのが私の計画だった。それなのに、いつの間にか自棄酒を始めて悪酔いしたサッチの面倒臭さに「行って来い」と、マルコは私を輪から追い出す一言を口にした。その上、その面倒臭いサッチに突き飛ばされるように背中を押された。

 戻っても厄介だと、突き飛ばされた勢いのままに向かった船長の隣で腰を下ろした。

「むくれた顔してどうした」
「サッチが面倒臭くて」
「そいつは今日に限ったことじゃあねェな」

 たしかにそうだと、日頃のサッチを思い出して漏れた溜息は、大きな笑い声に呑み込まれていった。
 閉じかけた目の端に、空になった朱色の杯が入り込んできた。

「私、いつも注意してる立場ですよ?」
「聞いた話じゃ、今日は特別らしいじゃねェか」

 聞かれていたのか、口許を意地悪く歪めて笑う船長に今度は溜息を吐いて、手近に転がる誰が持ってきたのかもうわからなくなってしまった酒瓶から杯を満たした。

「おめでとうございます」
「ああ、ありがとよ。めでてェかどうかは知らねえがな」
「めでたくなきゃ、誰もこんなに騒ぎませんよ」
「あいつらが騒ぐのは、それこそ今日に限ったことじゃあねェだろう」

 騒ぐのはいつもことであっても先刻のサッチ同様に、普段は酒に呑まれない隊長格が呑まれ、能力や自慢の獲物を振り回すのはそうそうあることではない。ナースとしては、とても面倒臭い日であるけれど、

「私にとっては、1年で1番おめでたい日です」
「……もうおれも爺だなァ」
「誤魔化したってダメですよ。良い男はいくつになっても良い男なんですからね」

 咳払いの代わりか、船長は杯をぐびりとひと呑み。またも空になった杯を差し出され、これ以上はとつい口を出てしまった一言に、船長の眉間が寄った。

「私にお酒を預けた船長が悪いんです」
「てめェ。融通利かすのが良い女ってもんだろ」
「甘やかさないのが良い女です」

 酒瓶を抱え込むけれど、たかだか一本。まだまだ手近にいくつもの酒瓶が転がっていて、船長は無造作にその中から一本を掴み取り手酌を始めた。

「もうっ」
「明日っからまたお咎め喰らうんだ、ちったあいいだろ」
「全然ちょっとじゃないですけどね。…………今日だけですからね!」

 念を押しに押して、船長の手から酒瓶をひったくった。

「わかってらァ。だがなァナマエ、甘やかさないのが良い女じゃなかったのか?」
「きょ、今日だけは融通利く女の方が良い女なんです!!」

 その一言に一際大きく笑った船長は、

「ああ、ナマエは良い女だ」

 などと言うものだから、私は嬉しいはずなのに恥ずかしい気持ちの方が勝ってしまい、船長が酔い潰れることはまずないからと、持っていた酒瓶にそのまま口を付けた。止めるような船長の声が聞こえた気もするけれど、聞こえなかったことにした。
 朝にはどこで目を覚ますのか、こんなつもりではなかったのにと思いながら、船長に寄り添うように倒れ込んだというのが、今日の最後の記憶となった。


Happy Birthday Daddy!
2011.0407
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -