犯人はおひさま


 今日も今日とて凶悪面のキッド海賊団とその船長。もうなんだか凶悪面も売りのひとつになっているんじゃないかって思えてくる。まあどっかの麦わらをかぶった船長のようにニッコニコされていても薄気味悪いし、そのほうが泣く子も黙るねきっと。ううん、絶対。
 さてさて、そんな凶悪面集団のお頭はいまどうしているかと言うと。

「ニヤニヤしてねェで質問に答えろっつってんだろ!」

 その顔をさらに歪ませて怒髪天を衝[つ]くというのはこんな感じか――髪が逆立っているのは元からだけど――と言う形相で腕を組んで仁王立ちをしている。私の目の前で。ちなみに私は正座中である。

「異議あり!ニヤニヤなどしていない!」
「ほう、じゃあなんだってんだ」
「ニッコニコだ!」
「歯ァ食い縛れや」

 右手をぐっと握りしめ、その拳にハァァと息を吹きかける船長。誰がどう見ても殴る気満々である。気のせいではないだろう、先ほどまでの形相が打って変わってニヤァァと言う効果音がちょうどいいぐらいに口角が跳ね上がっている。

「最近爪伸びてるんだから、そんなに握ると血ィ出ますよ」
「てめェにそんな心配されなくていいんだよ」
「えー、なんなら私が切ってあげるのに゛っ゛っ゛」

 振り下ろされた船長の右拳は私のつむじを直撃した。

「つむじ!いまのつむじ!」

 幸い舌を噛むことはなかったが上顎と下顎が急速にぶつかったものだから顎と歯が痛い。衝撃で首まで急降下してしまって、これで鞭打ちにならないのも日頃の訓練の賜物かなァと思う。

「あーこれでつむじから禿げちゃったらどうしよう……」
「禿げねェよ」
「禿げるって言ってました!」
「誰がだ」
「……この間の島で、ちょっと裏道に入ったところでひっそりと露店を開いていた、黒いマントを頭からすっぽりとかぶって水晶で未来が見えるかもしれないとか言ってたおじいちゃんかおばあちゃんかわからない人」
「完全に怪しい奴じゃねェか!」
「ん゛ん゛っ」

 本日二度目の右拳を頂いた。またもつむじ。これは狙っているとしか思えない。明日からつむじを隠さねばなるまい。応急措置としていまはポケットに忍ばせておいたアレを乗せておく。

「一応聞いてやるがそのふざけたのはなんだ」
「ウサギちゃんのアップリケの付いたティッシュカバーだ!」

 あれあれ、ここで三度目の右拳か「おちょくってんのか」という怒号が降り注いでくるかと思いきや。船長は目を閉じてフゥゥと息を吐き出してからスゥゥと息を吸って、また吐き出して……ああ深呼吸か。

「で、最初のおれの質問に答える気はねェのか」

 さてさて最初の質問とは何のことだったか。腕を組んで頭を捻ってうーんと唸って考えてみる。

「なんでおれのコートをぶん捕ったのか、だ」

 そうそうそうだった。私がなんでいま正座をしているのか。
 部屋から甲板に出てきた私と、反対に部屋へ戻ろうとする船長がすれ違って、ふと目に入った船長のコートを襟元から引っ張ったからだった。その時ちょっとよろめいた船長の後頭部と私の頭頂部がゴンッと、それはそれは理想的な音を鳴らしてぶつかった。それが船長の怒りに火をつけたのだ。仕方あるまい、この人はその凶悪面に相応しいほどに短気なのだ。

「なんでと言われますと、理由はただひとつ!」
「さっさと言え」
「あったかそうだっあだっ!!」

 頂いたのは三度目の右拳。二度目までより痛くないのはウサギちゃんが私を庇ってくれたからである。ありがとうウサギちゃん。ごめんねウサギちゃん。あとで柔軟剤で洗ってあげるからね。

「二度とやんな」

 あらあらもう少しでキスできちゃう。そんな距離に顔を近づけられて凶悪面を拝ませてもらった。目は口ほどに物を言うものである。船長は立ち上がるとあのコートを私に見せつけるように翻して部屋へと戻って行った。目はコートに釘付けだったけれどさすがに今度は手を伸ばさなかった。


「船長、部屋戻るんですか」
「ああ」

 あれ、なんだろうか。船長のコートからなんだかいい匂いがする。ファーもいつもよりふわっとして見える。あったかそうだな。あのコートに包まれたら、良い夢が見られそうな気がする……


2011.0318
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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