だいすき、あいしてる


 ナマエが事の最中に止めるのは初めてではない。ただ、そのまま出て行ったのは今回が初めてだった。

――寒い。

 ようやく熱を持ち始めていた身体はもう元の体温まで下がっていた。脱ぎ捨てたパーカーをかぶる。それだけの姿は滑稽で、手を掛けたばかりのジーンズにも再び足を通した。

 あいつはおれがほかにも女を抱いていることに気づいていた。疑っているやつもいたが、自分だけだ、自分が一番だと信じて疑わない女ばかりだった。その中であいつだけが、

「本気があって浮気は成立する、か」

 あいつは確信を持って口にした。

 あえて悟られぬようにしていたことなど何もない。それについて言及されようと困ることはない。だが、あいつはいつでもおれを見ていた。ついさっきまでおれを見ていた。おれを見ておれを感じていた。これは自惚れではない。

――あいつはいつから気づいていたのか。

 ナマエの身体はほかの女に比べて体温が高かった。相性はもちろん良かったが、互いの体温の差が気持ちよく、双方の高まっていく熱に興奮した。それはあいつも同じだった。昇りつめた瞬間より、その手前のほうがたまらない表情をしていた。
 あいつはどの女よりもおれを駆り立てた。その熱に浮かされて雰囲気に呑まれるのはいつものことだった。それにとりたてて抵抗しようと思ったこともない。吐息とともに吐き出された自分の名前や愛の言葉にも抵抗がなかった。

「ロー」
「ナマエ」
「好き」
「愛してる」

 その応酬がさらに興奮を高めた。ナマエ以外の女ではそうはならなかった。

 あいつはおれに好きだと言った。愛してると言った。おれの本心を知りながら、あいつは初めてのときから変わらず本音だけを口にしていた。

 嘘とは真実ではないこと。嘘をつくという行為が、辞書どおりに「真実でないことを口にする」というのであれば、おれの行為は「嘘をついていた」だ。あいつをいい女だとは思ったが、そこに固有の感情はなかった。
 興奮し計算もなくその場に身を任せて、囈言[うわごと]を繰り返していたのは事実だ。この事実の中にもし真実が含まれていれば嘘ではなくなり、おれの浮気というものは成立する。嘘をつけば浮気でなくなり、嘘でなければ浮気になる……

「おい。なに考えてんだおれは」

 あいつはもうここへ戻ってこないだろう。おれが嘘を吐いていたのか、あいつがいつから気づいていたのか、聞いて確かめる術はない。だがそれを知る必要がおれにはないだろう。嘘でも真実でも事実でも、なんでもいい。おれはただ、あの熱が欲しかっただけだ。

「お前も騙されておけばよかったんだよ」


企画「ごめんなさい。」第2弾提出作品
2011.0304
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