ロマンチストマイラバー


「はい船長、あーん」
「…………」
「もう照れちゃって。ほら、あーんしてください」
「いい加減にしろ。だいたいチョコなんざ甘ったるくて食えるか」
「ちゃーんとビターでブランデー入りですから大丈夫ですよ」
「…………」
「はい、あーん」

 なんてなんてなんて!!!
 ああもう想像するだけでキュンキュンするわ!!!





「ちょっとサッチどういうこと!?」

 鼻唄交りに船を降りて行こうとしたその男は、首元に巻いたスカーフを後ろから引っ張られ、あわや窒息と言うところだった。

「どういうことってなにが!? それより手を放して!」
「なんで船長がいないのよ」
「親父? あーマルコとちょっと出てくるって」
「マルコと!? あいつ、チョコレートフォンデュの中に頭から突っ込んでやるわ」

 この船の船長――通称白ひげ――が上陸の際にはもしものことがあってはいけないと、ナースが一人同行することになっている。そしてほぼ100%の割合で同行しているのが、未だにサッチのスカーフを締め上げているナマエだ。

「今回島に降りるようなことは言ってなかったし、なにも言わないで行くなんて……もしかして女!?」

 私というものがありながら……と更にスカーフを締め上げるナマエだが、二人は断じてそのような関係ではない。白ひげ本人を含めクルー全員が周知していることであるが、ナマエの完全なる片想いである。

「あー死ぬかと思った……大丈夫だって。マルコがいるんだ、女ってことは無いだろ」
「そうよね。サッチじゃあるまいし」

 ようやっと解放されたサッチはありったけの空気を吸い込んだ。が、ナマエの一言で全てを吐き出してしまった。

「ちょ、それひどい!」
「私を置いて行った船長の方がひどいわ!」

 せっかくチョコを作ったのに、今日一日は一緒にいれると思ったのに。そう零[こぼ]すナマエに、こいつも女だなァと思うサッチだった。

「あ、おれにチョコは?」
「なんでサッチに?」
「え。ここは長い付き合いのおれにも義理的なものがあるもんだよね」
「船長以外に込める愛なんてないわ」





 日ごろ甲板で船長の席とされているその場所で、ナマエは膝を抱えて白ひげの帰りを待っていた。

「船長のバーカ、アル中。マルコのハゲ、唐変木ファザコン」
「ひどい言われようだねい」

 顔を上げずともわかる愛しい男の姿。目前に現れたその男目がけてナマエは走りだした。

「船長!!」
「おいおい、マルコを吹っ飛ばすな」
「どこ行ってたんですか! 出掛けるときは声を掛けてくださいっていつも言ってますよね?」
「ああそうだったなァ。まァ野暮用だ。気にすんな」

 大きな手で頭を撫でられてしまえば、膨れ上がっていた気持ちも一気にしぼんでしまう。ナマエはその手を一撫でして、小さな包みを握らせた。

「今日はバレンタインデーですから」

 二人で街を回りたかった。一日とは言わない、一時間だけでも恋人気分を味わってみたかった。いろいろしてみたかったことはあるけれど、それを貰ってくれるならわがままは言わない。ナマエは瞳に想いをのせた。

「そうだ船長、あーんしてあげます」
「おれァガキじゃねェ」
「遠慮なさらずー、ってああ!」

 無造作に包みを開けば、姿を見せたのはぷっくりとしたハートをかたどった、大きさはピンポン玉ほどのチョコレート。白ひげの口にはちんまりと収まってしまった。

「どうですか」
「甘ェな」
「それでも砂糖はごく少量ですよ」
「で、わざわざ豆から作ってなにを仕込んだんだ?」

 ギクリ。
 ナマエの心臓は音を立てた。

「変な味でもしました? お酒は入れてないんですけど」
「ちょいと変わった味だ。酒じゃこの味は出せねェなァ」
「…………」
「惚れ薬でも盛ったか?」

 ギクギクッ。
 どうにも嘘は吐けないらしい。

「だ、だって! そうでもしないと船長は」
「お前の相手をしない。ってか?」

 白ひげの腰帯を掴み小さく頷く。
 忘れ去られているだろうがほど近い場所にはマルコがおり、彼の目に映る二人の姿は恋人そのものである。が、今一度言っておこう。この二人はそのような関係ではなく、ナマエの完全なる片想いである。

「薬盛るようじゃまだまだだな。あん時、おれの部屋にきたお前の方がまだいい女だったぜ」

 人差し指で強制的に上を向かせ、そう言葉を放って白ひげはその独特な笑いを零しながら自室へと消えていった。

 残されたナマエはというと――

「船長……」

 白ひげの残像が残る空をうっとりと見つめていた。





(おい、大丈夫かい)
(あ、マルコ。チョコレートフォンデュがあんたを待ってるわ)


Happy Valentine?
企画『R−50』第二弾提出作品
2011.0214
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