苦さに愛、甘さに復讐


「エース。この中から一つの箱を選んで」

 昼休み、彼女がデスクに置いたのは大きさも色もまったく同じ三つの箱だった。

「チョコだろ? 全部じゃダメなのか?」
「だーめ。中身は全部違うんだから」

 鼻を近づけて嗅いでみる。真っ先に感じたのは外側、箱を作っている紙の匂い。次いで左から順に中の匂いを嗅いでみると、甘いチョコレートの匂いは共通しているけれど、匂いの強さが違う。それと、混ざっているものも違うようだ。

「その箱の中には、本命用・義理用・友用がそれぞれ入ってるの」
「へー。じゃあ本命のくれ」
「だから、それをエースが当てるのよ」
「おれが?」
「そ。その鼻で彼女の愛を嗅ぎ分けて」

 にっこり笑うナマエに、可愛いなチクショウと思いつつ……これは重大な試練だと気付く。もし本命以外を当ててしまえば、

「エースの気持ちはよくわかったわ。別れよっか」

となる可能性が高い。
 日ごろは試すようなことをしないナマエだが、今日は周到に用意してきたのだと思う。おれも迂闊[うかつ]だった。去年の失敗を今の今まですっかり忘れていた。



 去年のおれは“バレンタイン=チョコ食い放題”という方程式だった。受付から他部署から取引先からと、貰えるものはすべて貰いバレンタイン万歳だった。そんな浮かれたおれを見たナマエは、

「ほかの女から貰ってそんなに嬉しいか!!」

と、大激怒。おれの目の前で、明らかにおれのために用意してくれたそのチョコを、たまたま通りがかった清掃員――結構な歳だった――に「いつもありがとう」と満面の笑みで渡したのだ。



 結局ナマエからチョコは貰えず、ホワイトデーに必死のお返しをしたのだ。それなのにおれってやつは……去年と同じ方程式を頭に描いていた。
 デスクの下の紙袋には、受付とエレベーターで会った子と、同じ部署の子から貰ったチョコレートがぎっしり入っていた。

「早く、昼休み終わっちゃう。わかんないんだったら他に配りに行きたいんだけど」
「待て待て待て!」

 おれは視覚を潰し、全神経を嗅覚に集中させた。
 まず左の箱だ。これは、よく近づいておもいっきり吸い込まないとわからないがなんか苦い。コーヒーのブラックみたいだ。おれは飲まないけど。マルコとかサッチがよく飲むやつだな。

 次真ん中の箱だ。さっきよりは匂いが強いけど、普通のチョコと同じ感じだな。……ん、なんか酒の匂いが……ってことはボンボンみたいなやつか?

 で、右の箱だな。これは一番チョコの匂いがはっきりしてくる。ミルクが多めって感じだな。あとは……なんかクッキー? 焼き菓子みたいな匂いもするな。

「まだ?」
「今考えてるとこ!」

 本命ってことはおれ用だよな。義理ってなるとマルコとかサッチで、友チョコっつったら女だろ。で、おれが一番好きなのは右のやつ。マルコとかサッチなら左のやつ。真ん中のは……酒入りを女に渡すのはちょっと考えられねェんだよなァ。んー……。でもナマエだしなァ。

「やっぱわかんないんだ」
「いや、わかった! 左のが本命だ!!」
「……じゃあ答え合わせ」

 ナマエが三つの箱を開けた。

「え……」

 おれが本命だと思った左の箱には、あめ玉ぐらいの真っ黒なチョコが中央にぽつんとしていた。真ん中の箱は粉砂糖がかかっているトリュフが三つ。右の箱には箱に収まるギリギリサイズのもの。ハートをかたどったタルトの中にチョコが流し込んであり、ピンクのデコレーションペンで『LOVE』と書かれていた。
 裏をかいたつもりが、失敗したのだろうか。暖房の聞いたオフィスの中で、今おれだけが背筋に寒さを感じているはずだ。

「左がエース。真ん中が秘書課の子。右がマルコ。というわけで、エース大正解!」

 よかったよかったと、正解以外の箱を閉じていくナマエ。

「正解……おいナマエ、なんでマルコのに『LOVE』なんて書いてんだよ! 浮気か!」
「え、嫌がらせだけど。ハート形で、マルコが嫌いなこれほどかってぐらいあま〜いチョコ。極めつけに『LOVE』の文字なんて……マルコのしかめっ面が思い浮かぶわ」

 あー、マルコご愁傷様。あいつナマエを怒らせるようなことしたのかな。

「エース、口開けて」
「あー? っっ!!」

 口に入れられたのは本命だと言うチョコレート。反射的に噛んでしまったが、ガリっという音がして、歯が欠けたんじゃないかと思った。舌には予想以上の苦味がこびりついている。

「カカオ99%のチョコレートを溶かして玄関で固めたのよ。苦くて硬いでしょ?」

 軟らかくて甘いだけが愛じゃないよね、と。ナマエは笑ってマルコに嫌がらせをしに行った。
 たしか、昨日の夜から今朝にかけて今年一番の冷え込みだったよな。なかなか溶けないチョコを舌の上で転がしながら、ナマエのおかげでスッキリとした頭で午後の仕事に向き合えそうだと思った。ああそうだ、ホワイトデーのことを考えておかないと。


Happy Valentine?
2011.0210
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