いつもの


「んーーー」
「なんだよ」
「んーーー」

 スタスタ、ギシ、ギュ

「な、なんなんださっきから」
「んーーー」

 我らが船長、私のキッドを見つめること数十分。
 視点を少し変えて見ようと、キッドの膝上に乗っかり正面から抱きついてみれば、少し早口になって目を見開くキッドを見ることができた。ちょっと可愛い。
 それでも、何も思い浮かばない。

 ギュゥ、ハタリ、さわさわ

 キッドを抱きしめる力を強くしてみて、目を閉じてキッドを感じてみて、彼の逆立った毛を撫でて見て……何も浮かばない。

 ベリッ

 あ、剥がされた。

「だ、だからさっきっからなんだってんだ」
「キッドって結構ウブだね。もうそんな間柄じゃないのに」
「う、うるせェそんなんじゃねェ!」

 よしよしと、頭を撫でれば手を払われて「触んなっ」と、珍しく頬を染めて言われてしまった。……可愛い。

「ったく」
「今日さ」
「あ?」
「キッド、誕生日でしょ」
「……それがどうした」
「なにが欲しいのかなって思って」
「は?」

 私達は海賊で、欲深い。海賊王を目指すキッドなら、私よりもっと欲深い。
 キッドが望むものを差し出したい。
 けれど、酒だ女だ財宝だと言われても、そんなものはある一定の所で手に入ってしまうそこらに溢れているもので、そんなものは嫌だ。そんなものは駄目だ。女の場合特に駄目だ。

「花火は用意してあるんだけどね」
「好きだなおい」

 花火が特別に好きだということは無いのだけれど、数日前の、世間でいう年末から年明けにかけて、私が花火を上げたいと言っていたからそう思っているのだろう。
 あれから一つの島に辿り着いたので、その際仲間にキッドの誕生日用にと買ってもらったのだ。
 景気良く行きたいじゃないか、という気持ちだけなのだけれど。

「そもそも、キッドは誕生日を祝う人だっけ」
「……特に気にしねェな」
「じゃあ誕生日パーティいらなかったかな。生きのいい海王類仕留めたからコックにメインにしてもらってるんだけど」
「それとこれは話が別だ」
「そう」

 誕生日パーティに拘っているのではないとわかるけれど、この間といい自論と宴に関しては別物のようで、それもまたキッドらしく思えてくる。
 
 それにしても、プレゼントは何にしようという当初の悩みは未だ解決されずにいる。
 無いなら無いで良いような気もしてきたけれど、差し出す意向を伝えてしまった手前そうするのは気が引けた。

 ギュゥ

 思い浮かぶ気もしないので、再度抱きついてみた。

「だ、だからこれが何の関係があるんだよ」
「こう、キッドから何か伝わってこないかなと」
「んなことでわかるわけねェだろ」
「んー……。キッド、何が欲しい?」
「ナマエっつー選択肢はねェのかよ」

 ニヤリと腰に手を回しているキッドには、可愛さなんて微塵も残っていなかった。

「駄目、ベタすぎ」
「良いだろうが」
「駄目」
「なんでだよ」
「私はとっくにキッドのものだから」

 先日悩んでいる所キラーや他の仲間にも同様の提案をされたけれど、プレゼントは私、だなんてそんなことはできない。既にそれはキッドの手中にあるものなのだから。手の中にあるものをあえて取り出して渡すというのも、おかしな話だろう。

「そうかよ。じゃあ何もいらねェな」
「それはそれで困る」「いらねェつったらいらねェんだよ」
「……」
「特別欲しいもんはねェ。わかったか?」
「……わかった」
「いつもどおりで良い」
「わかった」

 ギシッ、


 結局プレゼントは無しということになってしまった。あれだけ悩んでいたのに。
 それでも私はキッドの望むものを差し出した。
 音の無いキスから始まるそれは、さしずめ食前酒。


Happy birthday kid.
2011.0110

「月が沈み〜」の続き
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