君の声にキスをした


 一月一日
 新年の幕開けと言われるこの日は、おれがこの世に生まれた日だ。

 海賊が新年を祝うのかと言われれば、まァそれはその船次第だろうから全員が全員祝うわけでもないと思う。
 白ひげ海賊団は「明けましておめでとう」とか「ハッピーニューイヤー」とか、そんな言葉よりも先に

「エース、おめでとう」

と、言ってくれる。
 最初は照れくさかったけど「ありがとう」って言った後のみんなの笑顔が、結構好きだったりする。
 ま、その後は新年もおれの誕生日もほとんど関係ない状態で宴に入るわけだけどな。



 どんちゃんどんちゃん騒いでいる仲間の輪を見て、おれの顔はきっと笑ってるはずだ。
 なのに。
 仲間がいて、親父がいて、おれの誕生日なんて祝ってくれて嬉しいはずなのに。それでも物足りなくて、一番欲しい奴から言葉を貰えないことが、無意識におれに溜息をつかせる。

 あいつは元気にやってんのかな。
 おれの誕生日、そういや知ってたっけか。

 なんて、そんなことばかり考えちまう。

「辛気臭ェ顔してんじゃねェよい」
「そうだぞ。愛しのナマエちゃんがいないからって溜息ついてんじゃねェよ」
「はは、悪いな」
「ったく、そんなんだったらやっぱ連れてきた方が良かったんじゃねェの」
「いや、それはできねェよ」

 ナマエは陸の女だ。温かい島の小さな村に住んでいる女。
 
 おれ達はきっと、まだまだガキだったんだと思う。
 お互いに一目惚れをして、これが一生ものだと愛し合った。おれが、白ひげ海賊団がその島に長く留まることはできなくて、ひと月にも満たない時間で、おれ達は一生分かと言うぐらい愛し合った。

 島を離れる時にナマエが「待ってる」と、一言言ってくれた。
 おれの体温があいつに移るように、おれが会いに行く時まで冷めないように、強く強く抱きしめた。

 おれの体温なんて、きっと次の日には消えていたと思う。
 あいつがおれに残してくれた傷も、とうに消えてしまったから、おれがあいつに残した傷も、とうに消えているんだろう。

 家族がおれを愛してくれているのが伝わるこの日。
 ナマエはいまでもおれを愛してくれているのか、不安になる。
「ったく、主役がこれじゃ宴もいまいちだな」
「面目ねェ」
「そんなお前に、おれ達からのプレゼントだよい」
「元気出したら戻ってこいよ。おれ特製ケーキがまだ待ってんだからよ」

 そう言って輪の方へ戻っていくサッチとマルコに渡されたのは、一つの音貝[トーンダイヤル]だった。
 二人の下手糞なバースデーソングでも入っているのかと、そっと耳に押し当ててボタンを押した。

「エースへ」

 流れてきたのは野太い男の声ではなくて、鈴の音のような声だった。
 おれはギュッと、再度それを押し当てた。

「誕生日おめでとう。あ、それと新年明けましておめでとう。本当はエースの誕生日は知らなかったんだけど、マルコさんとサッチさんが手紙と一緒にこの貝を同封して教えてくれたの。世界には不思議なものがあるんだね。これ、ちゃんと録音されてると良いんだけど……。あ、とエース、元気にしていますか。この島は相変わらずです。だから私も元気です、心配しないでね。最近の日課は新聞を読んで、エースの記事が無いかを探すことです。何も無いけど、それってエースが元気にしてる証拠だろうと思ってます。んー、改めて何か言葉を贈ろうとすると、何を言っていいかわからないね」

 短い沈黙の後に咳払いが一つ聞こえて、何度目かのおれの名前が呼ばれた。

「エース。私はいつまでもあなたを待ってます。いつまでも変わらず、あなたを愛してる」

 おれの不安を消してくれる言葉を最後にして、何も聞こえなくなった音貝を耳から離した。

 おれはやっぱりまだガキだと思う。
 あれだけ聞きたかった言葉を、声を聞いて会いたくてたまらなくなって、胸が痛くて、聞かなければよかったとさえ思ってしまう。

 いつまでも待っているだなんて。
 いつまでも愛しているだなんて。

 待ってる。会いに行く。それは不確かな約束で。
 それでも、そんな不確かな約束の上で、きっとおれも生まれたんだと思うと、信じられる気がして。

「おれも、愛してる」

 届くかわからない愛を贈って、君の声にキスをした。


Happy Birthday Ace
2011.0101
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