純情失踪事件


「お前いつまで船に乗ってんだ?」

 最近になって、しばしばこの類のことを聞かれるようになった。それは「降りろ」と言われているわけではない。みんなが私の身の上を案じてくれている、それだけのこと。嬉しいけれど、複雑。

 白ひげ海賊団には、船長付きの“若い”ナースが複数名乗船している。なぜ若いかってそれは船長も男だから。私は今いるナースの中でも一番の古株。年齢を比べれば10も離れている子が同僚になるようになった。あの子たちを見ると、さすがにもう若くないのかと思ってしまう。

 数か月前に、長く一緒にやっていたナースもほかのナース同様めでたく下船した。陸に男を見つけたのだ。
 ナースが下船する理由は二つ。辛くなって降りるか、添い遂げる相手を見つけたか。大半が後者で、早いものだと乗船して一年も経たずに降りていく。結構ナースの入れ替わりは激しい。

 そんな中、私はもうこの船に乗って二桁になろうとしている。そりゃあ付き合いも長くなれば、みんな私に嫁の貰い手がないのかと心配もするだろう。自分でいうのもなんだけれど、白ひげに選ばれるほどの容姿を持っているのだから。

 でも私が船を降りない理由なんて単純明快。それは私が乗船を決めた理由そのもの。
 船長に惚れたから。
 それだけ。

 色んな海を越えて、いろんな人に出会ってきたけれど船長以上の男なんていやしなかったし、私は死ぬまで船長の傍にいたいと思っている。だから、他のナースが下船していく理由が当てはまることはない。

 でもとうとう、とうとう恐れていた日が来てしまった。

「ナマエ。てめェもそろそろいい歳だ」
「……」
「おれの身体ァ心配してくれるのはありがてェが、女には女の幸せってもんがあるだろう」
「そう、ですね」

 長く一緒にやっていた彼女が下船してから、船長が私を気にかけていたのは気付いていた。船長も、みんなと同じことを思っているのはわかってる。
 でも、船長はわかってない。





 長年使っていた部屋を見回すと、何とも小ざっぱりしているものだ。長くいたはずなのに、荷物をまとめた鞄も大きめのトランクが一つと、乗船した時に持っていたリュックでなんとか収まってしまった。
 中には三着のナース服。思えば、上陸の時も常に船長の傍にいたからナース服で、他の服なんて買った記憶がない。そのナース服だって船長からもらったものだからとほとんど新調しなかった。

 もう一度くりると部屋を見回して、私が唯一持っている、船長が良い匂いだと褒めてくれた香水を噴きかけて、パタン。扉を閉めた。





 コン、コン。

「入れ」
「船長」
「どうした、こんな夜更けに」
「明日の昼には島に着くと聞きました。そこで、私船を、降りようと思うんです」
「……」
「みんな、船長も、私のこと思ってくれているから、降りようと思うんです」
「そうか」
「でも、その前に船長にお願いがあるんです」
「なんだ」
「抱いてください」

 しゅるりしゅるり。
 胸元の紐を解いて、肩にかかる頼りない紐をずらして。

 邪魔なものは床に捨てて、船長のベッドに上がって。
 初めてで最後。女として、船長の前に私を曝す。

「なんの真似だ」
「言葉のとおりです」
「女が自分を安売りするんじゃねェよ」
「安売りなんかじゃない」

 私はもう、男を知らない純情な少女でもなければ、誘いの上手い娼婦でもない。男の誘い方なんてとうに忘れてしまったし、男をくすぐる可憐さもない。
 こんな方法しか、思い付かない。

 それでも、ただ一度船長に抱いてもらえさえすればいい。そうしたらきっと、明日の昼には笑って船を降りることができる。

「ナマエ」
「私は、私は船長が好きなんです」
「……」
「このままじゃ、船を降りられないんです」


「服を着ろ。ナースが風邪ひいてどうする」


 包むように船長のコートを掛けてくれた。温かく優しく、零れる涙を拭ってくれた。ただただ、泣きじゃくる私の背を撫でてくれた。





「……」

 朝を、男の部屋で迎えるのはいつぶりだろう。布団代わりのコートに包まってぼんやりとそんなことを考えた。

「船長」
「……なんだ」
「私、まだ船を降りられません」
「そんなに降りてェのか」
「……」
「てめェが心底降りたいってーんなら降りりゃあ良い。そうじゃねェんなら、まだしばらく乗ってりゃいい」
「私」
「……」
「どんなにおばさんになったって、この船降りません」
「好きにしろ」



「船長、抱いてください」
「てめェは場所っつーもんを考えねェか」
「考えたら抱いてくれますか?」
「…………」
「だって、船長が言ったんですよ。『好きにしろ』って」

 あれからすぐにトランクもリュックも空っぽにした。今日も着馴れたナース服、ではなく初めて貰ったナース服に袖を通している。

「親父、何があったんだい」
「てめェらは知らなくて良いこった」
「なァナマエ、そのナース服ちょっと小さくね? いや、目の保養には良いっつーかなんつーか」
「見るな馬鹿サッチ。見ていいのは船長だけなの」
「ええ!?」
「親父!」
「……ったく、困った女だなァ」


企画「R50」提出作品
2010.1208
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