その手で破り捨てた


 早朝、島の岬に立ち始めて2日目。太陽が海から全身を出し目線よりもだいぶ上に登った時、朝日を背に目当ての彼が飛んできた。去年は3日待ったのだから、あの男は去年よりもこの島に幾分か近い所にいるようだ。

「毎年悪いね」

 クゥと一声鳴いた彼から、新聞と麻紐で丸まった簡素な紙っ切れを受け取る。家までの帰り道、潮風を浴びて独特の風合いを持ったそれを紐解き、海の男のくせに繊細に綴られた文字を眺める。



――ナマエ。まァお前のことだ元気にしてんだろい。店の方は順調かい。

「私のことより店の心配ってどういうことよ」

――こっちはいつも通りだ。親父も元気にしてる。

「元気って言ったって……お酒の量また増えてるんじゃないの?」

――そういや、前にエースのこと手紙に書いたろ。あいつも2番隊隊長として成長してきてるよい。

「そばかすの彼ね、新聞に載ってたわ。思ってたより良い男で、マルコもうかうかしてらんないでしょうね」

――この前お前の話をしたらに会ってみてえとさ。

「ちょっと、変なこと吹きこんでないでしょうね!?」

――いつか、お前に会わせてやりてェよい。

「…………」


 
 相変わらず愛してるの一言もないそっ気のない手紙。あの男がそんなものを綴った日には風邪で寝込んでしまいそうだけど。

 白ひげ海賊団の船を下りてもうだいぶ月日が流れた。
 乗船して、海賊業に慣れてほどなくしてなんとなく気が合うからと付き合い始めたのが、この差出人のマルコ。海賊の割には女遊びもほとんどしない真面目な男。
 船を下りてから初めて迎えたマルコの誕生日。届くかもわからない手紙を書いて送った。返事は来なくて、あっけない終わり方だったと思った。そしたら私の誕生日過ぎに手紙が届いて……。あれから1年に1度、誕生日を過ぎて送られてくるこの手紙だけが、私とマルコを今も繋いでいる。





「今年も彼から来たのかい」

 常連の1人がカウンター後ろの額を指して聞く。

「ええ。まだしぶとく生きてるみたい」
「え、ナマエさん彼氏いるの!?」

 そんなァ……と項垂れるのは、常連の連れ。半年ほど前から彼の下で働いている、いわゆる好青年。ふと、マルコの手紙に書いてあったエースという子を思い出した。あの子もきっと海賊に似つかわしくない好青年だろうと、私は思っている。

「……会えなくて淋しくないの」
「どうかしらね」
「おれなら、ナマエさんに淋しい思いさせないのに」
「おばさんを口説くの?」
「そんなっ、ナマエさんは全然綺麗だよ、おばさんなんかじゃないよ!」
「あら。ありがとう」
「やめとけやめとけ。お前みたいなひよっこじゃ相手にされねェよ」

 常連の彼は、そんなァと再度項垂れる連れに、良いから飲んどけとこの店でも度数の高いお酒を渡し、一口喉を通した連れの子はそのまま机に突っ伏してしまった。

「このお酒が飲めるようになったらもう一度いらっしゃいな」

 すやすや眠る彼におやすみのキスを。

「おいおい、いいのかい」
「これぐらいで怒るような男なんて知らないわ」

 昔は散々怒られたけれど。

「あ、火ィちょうだい」
「吸うのかい」
「違うわ」

 一服し始める彼のタバコを少々拝借。カウンター下の引き出しから一枚の紙切れを取り出して、2枚、4枚、8枚へと破り、燻ぶる火を当てればチリチリと小さく炎を立てず燃えていく。

「……こいつァ、燃やしちまって良かったのかい」

 燃えているのは、今朝まであの額に納められていた手紙。

「ええ、新しいのがきたからもういらないのよ」

 今のマルコがあればそれでいい。私は毎年そうして古いものは捨てている。けれど、マルコは几帳面にどこかに仕舞っているかもしれない。女の手紙を取り置くなんて、それこそ海賊らしくないと思うけど、そうであったら嬉しいと思う女心もある。私はすっかり陸の女になってしまったみたいだ。

「こいつじゃねェが、会いに行ったりとかしねェのかい」
「私は一度船を下りてるから。あいつが生きてればそれで十分よ」

 私は、来年もあの岬で手紙を待つの。





(まさか、カモメの代わりに不死鳥が飛んでくるなんて、予想だにしなかった)


企画「Love!」提出作品
「2日遅れの手紙」と対
2010.1127
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