この話は内密に。


「まず落ち着いたらどうだい」

 目の前の女に告げる。
 おれはちょいと前に、そうだな、時間で言えば10分も経っていないぐらいだろうか、それぐらい前にこの女に腕を引かれた。太陽が最も高い所に位置するこの時間に、おれ達を照らす光はなく大きな影に飲まれている。これが路地裏やそう言う類の店への誘いだったのなら、まァおれも愛想笑いの一つでもして誘いに乗っかるのだが、生憎ここは船の上。この女は古株の仲間で、全く持ってそういう関係じゃない。こいつのお目当てはおれじゃねェしな。
 それにしても、ここはなァ……。またか、と短く息を漏らす。

「ねェマルコ、私どうしたらいいの。どうしたらいいの?」
「おれが知るかい。んなもんお前ェ次第だろうよい」
「いっつもそればっか! この薄情者!」
「……あのなァ。それならサッチに頼れっておれもいっつも言ってんだろい。この手の話はあいつのほうが」
「ダメ! サッチは脳内ピンクすぎるんだもん」

 それでもおれより経験豊富なのだから、適任と言えば適任に思えるのだが……あいつに相談したところでからかわれるのも目に見えてる、と言ったところか。 おれは今日も捕まっちまったなァ……と頭の片隅で思いながら、今日は何があったんだいとお決まりの文句で先を促した。

「今日はね朝いちで挨拶した! エースよりも先だった!」
「そうかい」
「調子はどうだって声掛けられた!」
「いつものことだねい」
「今日は流し目付きだった!」
「……で、ほかには」
「えと、あのね」
「見張り台から散々眺めてただろい。なんもなかったのかよい」
「なんで見てんの!?」
「……ちゃんと仕事しろって声掛けたよな?」
「あ。そそそれだ! 親父にも、落ちるんじゃねェぞって!」
「ガン見してたこと親父にバレてんじゃねェかい」
「はっ!!!!」

 普段勝気な女が頬を赤らめたり動揺する姿は見ていて楽しいのだが、さすがに毎日このやり取りを繰り返していると、疲れる。
 ガン見していたことよりもまず、こいつの気持ちに親父は気付いている。クルーと船長、親と娘。そのことから親父は気付いてない振りをしているが、こいつの態度があからさま過ぎる。

「どうしよ、どうしよマルコ。でもさ、親父がカッコ良すぎるからいけないんだよ、あんなカッコイイのに見るなっていう方が無理。あー親父カッコイイ……でもさでもさ、あたし娘だし親父とホント親子ほど歳離れてるしこれってどう思う?」
「どうって」
「あたし娘から妻に格上げできるかな?」
「は?」
「いやいやいや、でも親父の妻ってことはあたしマルコたちの母親になるってことだよね? それはなんかやだなァ。だってマルコはマルコだし、いきなり息子だなんて思えないよ。それじゃ母親失格?」
「お前ェなァ……」

 恋する女は何とやらとサッチが言っていた気もするが、親父に好きだなんだと言う以前に、意識してからはろくな会話もできていないと言うのに、妄想だけはたいしたもんだ。

「ナマエ、とにかく落ち着け。そして戻ってこい」
「……はっ! 今エースに子守り唄歌ってるところだった。っていうかマルコ」
「あ?」
「親父のこと考えたら落ち着けるわけがないでしょ!」

 当然のように言われても困る。

「おれァお前ェの相手にいい加減疲れるよい」

 あァ、もうサッチに丸投げしてしまおうか。

「マルコ見捨てないで!」
「あーもう言っちまえ。当たって砕けてこい。それが嫌ならサッチに誘い方でも教わってこい」
「そんなっ! マルコだけが頼りなのに!!」

 涙を浮かべた瞳に見上げられ、そこそこにある胸に腕を捕らえられていると言うのに、何の欲も湧かないのは相手がナマエだからか。それとも――

「親父、いい加減こいつどうにかしてくれよい」
「え」
「あ? なんだ、内緒話はもう仕舞いか?」

 緩く笑んだ親父が顔を向けると、僅かにこの場所にも光が差し込んできた。

「お、おや、じ……?」
「ん? ……そうだなァ、ナマエ」
「あ、い」
「とりあえずおれの部屋で話そうじゃねェか。二人っきりでな」

 ニヤリとした親父に、なんだかんだいっても所詮男と女だからなァ……と、明日からナマエへの態度をどうしたもんかと悩んでみる。影が無くなり差し込む日差しに反射的に瞼が下りてくる。

「お、おやじ、はなし、て」
「逃げねェってんならな」

 僅かに残された視界から親父の背中と、親父に担がれ船内に消えていくナマエを確認した。ああいう時まで女らしくできないあいつに、親父は親父で思うところがあるのだろう。

「内緒話ねェ……親父に隠し事はできねェよい」

 ナマエが初めて親父のことで相談しに来た日のことを思い出す。

――マルコ、親父には絶対絶対秘密にしてほしいんだけどさ、

 あの日も確か、今日のように親父の背に隠れていた。


2010.1103
企画「enchanted.」提出作品
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -