2日遅れの手紙
嵐のような宴会が開かれたのは2日前だ。ちょうどその前に上陸した島が食材の宝庫で、いつにもましてコックたちが買い込んでるなァと思っていたんだが、まさか自分の誕生祝いの為だとは思わなかった。
誕生日と言ってもはしゃぐような歳でもない。特別祝いの言葉が欲しいわけでもない。それにかこつけて騒ぐ仲間と、親父がいてくれる、それで十分だってのに。
船縁に凭れてそんなことを思い出していると、パンパンに詰まった鞄を首から下げたカモメが飛んできた。クゥと一声鳴いて、器用にその翼で鞄から一通の手紙を差し出した。
「ありがとよい」
まだ配達があるのだと言うように、受け取るとすぐに飛び立ってしまった。
毎年毎年、まァ違うやつだろうが、この海でこの船を探して飛んでくるなんてご苦労なこった。この差出人はそれを考慮してチップぐらい渡しているとは思うが。
「お、今年も来たのか。嬉しそうな顔しやがって気持ち悪ィなおい」
「羨ましいなら素直に言ったらどうだい? サッチ」
「羨ましくねェよ。あーもー頬緩んじまって、おっさんが気持ち悪ィぞ。さっさと部屋に行っちまえ」
言われるほど頬は緩んでいないが、微妙な変化に気づくのも、嫌味の真意を悟ることができるのも、長い付き合いのおかげだ。
「言われるまでもねェよい」
万が一にでもこの手紙が風に攫われてしまわないように、あいつとの時間を邪魔されないように、おれは自室へと足を向けた。
部屋に戻り扉を閉め、滅多に掛けない鍵を掛けた。防音効果があるでもない普通の木製の扉に、ここのヤツなら蹴りの一つでも入れればすぐに壊れる鍵。そんなものでも、このだだっ広い船の中で自分だけの空間を作り出すには十分だ。
ベッドに腰掛け、一呼吸置いてからあいつのイニシャルが刻まれた封蝋を丁寧に剥がしていく。一枚の便せんを取り出すと、飲み慣れたラム酒の匂いと、懐かしい煙草の匂いがした。そこでやっと頬が緩むのを感じる。
二つに折られた便せんを開く。
――マルコへ。また一つおじさんになったわね、おめでとう。
「おれがおばさんっつったら怒るくせに、よく言うよい」
――金髪は無事? 心配と世話の焼きすぎで白髪になったりしてない? ま、白髪になる前に禿げてるかもね。
「心配してんのか茶化してんのかどっちだい。それほど手のかかるやつはいねェよい」
――私は相っ変わらず商船やら旅の人に口説かれる日々よ。この前なんか10も下の子に熱烈な告白されたの。嘘じゃないわよ? 若いっていいわねェ。
「お前は気は強いが気立てが良いから、やたらと男に言い寄られる……おれがそれに手を焼いてたの知ってんだろい。ったく、10も若い奴に自分の相手がつとまると思ってんのかい?」
――いい加減誘いに乗っても良いかなって思うのに、親父馬鹿のおじさんよりいい男ってなかなかいないのよ。困っちゃうわ。
「生憎だなァ。おれも男顔負けの酒豪でしおらしさのかけらも見えねェ女より、若くていいのがいなくて困ってんだよい」
――船長にもよろしく言っといて。ナースの手を焼かすんじゃないって。
「親父の事はおれが言っても聞かねェのわかってんだろい。直接親父に言えってんだ」
――それじゃあね。
嫌味と、一年間を圧縮した近況報告と、親父への言伝。一年に一通送られてくる手紙の内容は決まってこうだ。色気がないのはお互い様か。
静かに便せんを閉じ、封筒の中へ戻す。ベッド下を探り小さな木箱を手に取り、簡易の錠を外し蓋を開け、手紙をそっとしまう。
「だいぶ、溜まってきたねい」
片手でなんとか掴めるぐらいだろうか。
あいつが怪我をしてこの船を降りてから毎年、おれの誕生日の消印を押された手紙が届くようになった。つられるように、おれもあいつの誕生日に手紙を出すようになった。
あいつはあの手紙をどうしているだろうか。取っておいているだろうか。あの性格だ、あっさりと捨てていても不思議じゃない。
箱の蓋を閉め、錠を掛けた。
ふと気になった手紙に自分を重ねてしまうと、その行方が気になって仕方がなくなった。
おれもあいつもいい歳になった。家族はあいつがいた頃より増えたが、頼れるやつらばかりだ。一人戻ってこようと問題はない。
扉の鍵を開け、甲板へと廊下を進む。
親父は変わらずナースの注意を受けながら、機嫌良さ気に笑いながら酒を飲んでいた。お前が見たら目を吊り上げて怒るだろう。
「親父、ちょいと相談なんだがねい」
なあ、おれはそろそろ祝いの言葉が直接ほしくなってきたんだが、お前はどうだい。
Marco Happy birthday.2010
2010.1004