感謝と喜びを


 天候良し。星空ばっちり。日々の食事よりも豪華な料理と上等な酒も用意された。主役の嗜好により生クリームの香りもチョコレートの香りもないけれど、いつもよりだいぶ羽目をはずして馬鹿騒ぎをする仲間がいるから問題ない。

 さあ祝おう、今日と言う日を。
 トラファルガー・ローと言う男が生を受けた日を。



 0時ちょうど。船長の誕生日を祝うという名目の大宴会は、祝いと杯を交わす言葉で幕が開かれた。
 腕をふるったコックの料理も、そうやすやすと飲めない高級なお酒も、今日の為に北の海から取り寄せたお酒も、いつものように品なく仲間たちの喉を通り胃に収められていく。
 主役の船長もいつもと同じ。料理を食い散らかしたり、酒を頭から浴びたりしない。ただ、私たちに向けられる視線が、いつもよりちょっとだけ優しい気がする。わかりにくいけれど、船長は喜んでくれているようだ。

「ナマエー飲んでるかー? まだまだだよなー、もっと飲め飲めェーー!」

 ジョッキに並々と注がれたラム酒。もう4杯目だ。いつも仲間の早いペースについていけない私は、この時間なら2杯目を飲み終えていればいい方だ。けれど、今日は飲んで船長を祝うのだ。注がれたら飲まないわけにはいかない。1杯目ほど流れるように喉を通ってくれないが、ぐぐぐっと押し込んでいく。

 宴会が始まってまだ1時間も過ぎていないのに、私はすでに睡魔と格闘する羽目になった。鼻から抜けるラムの香りと体内をめぐるアルコールで、私はほろ酔いの状態を超えてしまったようだ。
 ここでまた注がれでもしたら、飲み終えた瞬間におやすみなさいをしてしまう。それではいけない。眠る前にやらなければいけないことがあるのだ。私はジョッキを置いて、若干不安な足取りで船長の元へと向かった。

「酒は自分のペースで飲め」

 仲間の誘いを断りながら辿り着いた船長の隣。腰を下ろすと、顔色一つテンション一つ変わらぬままに、何杯目か知らぬジョッキに口づけている船長から一言もらった。船長としての言葉か、医者としての言葉か……たぶん両方だ。
 船長の隣で船長が見ている光景を目にする。決して同じ光景が見えているわけではないけど、初めて見る船長の世界。大好きな仲間たちで埋め尽くされる光景に、なぜだか少し泣きそうになった。

「船長。誕生日おめでとうございます」

 眠る前に言っておかなければと思っていた。乾杯の音頭とともにみんなで一度言ったけど、ちゃんと伝えておきたかった。意識は半分ほど睡魔に持っていかれているので、口がはっきりと回っているかは、もう自分ではわからない。

「……ああ」

 声音から微かに笑んでくれているのが伝わる。ありがとう、と言わないのは船長らしい。

「船長。誕生日おめでとうございます」

 再度同じ言葉を告げると、眉を寄せた顔でちらりと見られた気がする。

 私はこの船のクルーになるまで、誕生日なんて気にかけたこともなかった。家族はいる。毎年毎年、ささやかだが祝ってくれた。でも、そこに何の感情も見いだせなかった。なぜ、誕生を祝うのかわからなかった。

 海に出て、この船に、船長に、仲間に出会った。
 海の上に平和なんてない。今日とも明日とも知れぬ命。誕生日は、そんな命を一年一年積み重ねていることを実感できる日だと気付いた。
 今日まで生きてこれたことに感謝と喜びを。
 今日まで生きてくれた仲間に感謝と喜びを。
 
 その中でも、船長の誕生日は特別なものだ。
 船長が今日という日に生まれていなかったら、この海賊団はなかったかもしれない。私はこの海賊団に出会っていなかったかもしれない。
 船長が今日という日まで生きているから、この海賊団は存在し、私もここで生きている。
 また一年後に船長の誕生を祝うために、もちろん仲間の誕生も祝うために、私は生きるんだ。
 大袈裟に聞こえるかもしれないけれど。

「おれの誕生日はたいそうなもんだな」
「知らなかったんですか?」

 ふふ、と笑おうとしたのに、出たのは酒焼けで乾いた笑い声だった。ただ、お祝いの言葉を伝えようとしただけなのに、なんだか余計なことまで話してしまった気がする。
 ああ、もう……

「寝ても良いが風邪はひくなよ」

 こんな日まで船長の手を煩わすわけにはいかないのに。それでも閉じていく瞼を持ち上げることはできなくて、気合いで風邪はひかないようにしようと思った。
 ああ、それでも最後にもう一言だけ。

「船長。誕生日おめでとうございます」

 今日という日に。今日という日を迎えられたことに。今日という日を祝えることに。 感謝と喜びを。


Law Happy birthday,2010
ロー誕生企画「オパールに捧ぐ」提出作品
2010.1006
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -