世良の受難



「おーし、お前らバレンタインだからってチョコの食べ過ぎで鼻血出さないよーに注意して帰れよー」

 あれ、監督俺のこと見て笑ってない?なんかこう、いつもの意地悪い笑みだよ。

「チョコ貰えない組も元気出して帰れよー」
「ちょ、監督俺のこと見て言わないでくださいよ!」

 くっそーそういうことか!俺だって俺だって……うん、まあ、最近ほら人気出てきたし。うん。

「監督もチョコ貰ったりするんスか」
「俺?貰うよー。予約したし、そろそろ来るんじゃない」

 監督が指差した方には誰もいないけど、これから宅急便でも来るのかな。あれ、でも予約ってことは注文とかじゃなくて……「ちょうだい」って言ったってこと、だよな?監督なら言いそうだし。え、てことは

「これから彼女さん来るんスか」
「んー」

 俺も思ったけど聞くに聞けないことをズバッと聞いた赤崎はさすが赤崎だと思う。監督の返事は肯定っていうよりは受け流してる感じだけど、楽しみって言う顔だな。
 彼女って言葉に反応したのか、クラブハウスに戻ろうとしたみんなの足はすっかり止まってる。コシさんとか堺さんまで。やっぱり監督の彼女ってなると、気になるよな。

「お前ら早く着替えてこいよー。ほらほら、ファンも待ってんだしさー」

 誰も動かない(監督の彼女が来るのを待ってるからだけど)でいると、あっち行けって顔でそう言われた。監督もしかして「俺以外のやつに見せたくない」ってタイプなのか?
たしかに今日はいつもより女の人多いけど大半は王子目当てだし、女子高生はなんでか椿と赤崎だし。なんでかっていうか、まあ活躍してるからだけど。くそっ。
 それからちょっとだけ粘ったけど、体冷やすなとか、マッサージしてこいとか正論を言われたら引き下がるしかなくて渋々クラブハウスに戻った。

 ロッカールームでは監督の彼女の話で持ち切りだった。選手時代から付き合ってる人とか想像は膨らんだけど、コシさんの証言によると当時はいなかったらしいからその線はなくなった。イギリスから連れてきたブロンドの美女じゃないかっていうのは丹さん。でもそれならクラブハウスに住んだりしないだろっていう堺さんの一言でその線もなくなった。
 話しててもキリがないと判断した俺は早く着替えて彼女さんを待ってみようと急いだ。慌て過ぎてTシャツを前後逆に着てみんなに笑われたけど。

「あれ、なんか多くない」
「選手の皆さんの分と、フロントでしたっけ、そちらの方々の分も作ってきました。あ、選手にはまずかったですか?」
「んー大丈夫だと思うけど、俺の分だけで良かったのに」

 クラブハウスを出たら白い紙袋を渡されてる監督と、紙袋を渡してる女の人がいた。なんか大人の女性って感じの人だ。いや俺も大人だけど、なんていうか雰囲気が落ち着いてるって言えばいいのか?

「っ、こんにちは」

 ボケっと考えてたら女の人(監督の彼女だと思うけど)と目が合って、慌てて挨拶した。あれ、こういう時こんにちはで良いんだっけ?

「世良ー喜べ、お前にもチョコが来たぞ」

 監督が紙袋から何か取りだして、俺に向かって投げた。落としそうになりながらキャッチしたそれは透明な袋の中に鳥の巣みたいなクッション材が入ってて、その上にサッカーボールの形をしたチョコが3つ乗ってた。手作りっぽくて、なんかジーンときた。

「あ、アザースッ!」

 お礼を言ったら、彼女さんはにっこり笑ってお辞儀を返してくれた。やっぱり大人の女性だ。
 俺の声が大きかったのかクラブハウスからなんだなんだってみんな出てきて、監督がまた嫌そうな顔をして俺のほうに歩いてきた。え、俺怒られる?

「世良、これみんなに配っといて」

 渡されたのは白い紙袋で、中を見たら俺が貰ったものと同じ袋がいくつも入っていた。とりあえず、持っててもしょうがないし言われたとおり配った。一番最後に出てきた堺さんには俺からって勘違いされてものすごく睨まれたけど。

「監督の彼女さんスか」

 相変わらず赤崎はずけずけとした物言いで斬り込んでいく。それに丹さんも続いてる。

「何言ってんの赤崎。ミョウジさんは俺の奥さんになる人だよ」
「マジっすか!?」
「っ、違います!そもそもお付き合いもしてませんから。達海さんいい加減なこと言わないでください」
「えーー、俺本気だよ?」

 なんだこれ、どういう状況なんだ。監督以外みんな固まってるよ、もちろん俺も。彼女さん、だと思ってた人は付き合ってないって言ってるし、もしかして監督の片想い?え?てか監督本気の目だ……え、いまのプロポーズ?

「俺さー今年は本命からの本命チョコしか貰わないことにしたんだよね」

 場の空気を一切無視して監督は喋ってる。本命からの本命チョコなんて俺貰ったこと無いんだけど……とか、今はどうでもいいか。なんか、悲しくなるし。

「だからさミョウジさん、それちょーだい?」

 監督が指差したのはミョウジさん(って言うらしい)が持っていたもう一つの白い小さな紙袋。
 ミョウジさんは顔を真っ赤にして渡そうか悩んでるっぽい。そうだよな、いきなり告白されて、渡したらプロポーズ受けたことになるようなもんだし。かと言ってここで渡さないのも雰囲気的にできないよなー。
……これ全部計算してやってんなら、監督恐ェェ。

「友チョコ、ですからね!」
「……でもハート描いてあるよ」
「そ、れは、ノリですノリ!!」
「はいはい。ミョウジさんは恥ずかしがり屋さんってことにしといてあげる」
「だから――」

 あ。これ、惚気?
 ポカンとしてた俺が気づいた時にはみんなもうファンサービスに回っていて、赤崎と椿が女子高生からチョコを貰ってた。王子は、見なかったことにしたい。俺も行かなきゃって思ったけど、手にしてる白い紙袋に気づいた。

 ……俺、なんか超張り切ってるヤツみたいじゃん。
2012.0214
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