名前はまだない



「あ、いまちょっと動いた」
「…………動いてないよい」
「一瞬だったみたいね」

 しょぼくれたマルコの頭を、お腹の子にしてあげたようによしよしと撫でる。陰から覗いてる野次馬達は「いい歳したおっさんが」とでも思っていることだろう。私が思っているんだから間違いない。

 海賊船に乗っている以上、子どもは望めない。マルコに再び口説かれてモビーに戻ってきたとき、そう思った。それでもマルコと、船長と、クルーがいれば良いだろうと。
 けれどもそう思っていたのは私だけだったらしい。
 風邪かと思っていた体調不良から発覚した妊娠。船長は「ようやく孫の顔が見れる」と破顔し、クルーは揃って「マルコついにやったか」と騒ぎ、当のマルコは「やっとかよい」と吐いたのだ。言葉の意味を問えば毎月排卵期を狙っていたという。思い当たる節は、ある。
 どこまでも几帳面かつ用意周到なこの男の計画性と執念の結果は、今の私のお腹を見れば十分だろう。

 順調に膨らんでいくお腹と共に、私とマルコにはそれぞれ母親と父親としての自覚が膨らんでいく。少なくとも、垂れた目が益々垂れて柔和な男になっていくマルコに、本当に海賊かと問いたくなるほどには。

「動かねェよい……」
「ちょっと、プレッシャー与えないでよ」

 動いているところに一度も出会えていないせいかマルコの目が鋭くなっていく。そんな顔していると余計動かない、となんとなくそれっぽく言えば「悪い」とまたもしょぼくれる。
 前に私のお腹に頭を寄せて眠るという、なんとも妊婦に優しくない行為をしたエースがお腹の子に蹴られて起きるという事があった。エースは妊婦を大事にしろと船内から大批判を受け、さらにマルコから嫉妬まじりの制裁という鉄拳を喰らっていた。
 その時、エースを殴りながら言ったマルコの一言が

「おれだってまだ蹴られてねェのによい」

 だったので、赤ん坊が産まれる前に大きな子どもが現れて可愛くてしょうがない。と、本人には言えないので船長にだけこっそり報告している。

「照れ屋なだけでしょ。私とマルコの遺伝子で照れ屋なんて笑っちゃうけど」
「なに言ってんだい、照れ屋ならナマエ譲りだろい。お前夜は」

 それ以上は言わせまいとマルコの口を塞ごうとした瞬間、話を遮るように一陣の風が吹いた。 きゅっと腕で抱きしめるのは膨らんだお腹。不意の瞬間にこうするようになったのは母親の自覚かなと、自分も成長していることに少し嬉しくなる。

「食堂行ってあったかいもん飲むか」

 温めるように腰をさすってくれているマルコの提案に頷く。それと同時に聞こえる甲板を走り抜ける足音。どれだけ地獄耳なんだと笑ってしまうそれはサッチのものだと思う。食堂に着く頃にはマシュマロを入れたホットミルクが美味しそうな湯気を立ち昇らせているに違いない。

「幸せ者だねーお前は」

 ゆっくり円を描くようにお腹を撫でると、小さく返事が返ってきた。腰を支えてくれているマルコにも伝わったかなと窺って見れば反応は無く、伝わっていないらしい。

「反抗期にはまだ早いんだけど、誰に似たんだかね」
「ん?」
2012.0209
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