お伽噺にはならない



――むかしむかしあるところに、それはそれは綺麗なお姫様がいました

 そんな文句で始まるお伽噺に、目を輝かせ早く早くと続きをせがむ同い年の子を年齢にそぐわぬ冷やかな目で見ていた記憶がある。
 お伽噺の内容を要約してしまえばこうだ。
 対立する国のお姫様と王子様が恋に落ちるも、親も国民も猛反対でついには戦争が起きてしまい、終戦と平和、そして恋の成就を願いふたりは心中する。悲しみの中両国はふたりの願いを叶えようとその後は仲良く平和に暮らしていった。

 こういった類の話を幼少に聞かされた影響なのか、大半の女の子は「禁断の恋」という響きに弱い。
 私はお伽噺が嫌いだった。みんなが憧れる物語は心から喜べるハッピーエンドではなかったからだ。結ばれなかったり、死ぬしかなかったり、とても幸せとは思えなかった。
 だから、私は絶対に禁断の恋に憧れなんて持たないし、まして自分がそんな恋をするなどと想像のしようもなかった。

 海賊との恋。

 これが禁断の恋かと言えば、たぶんそうだ。私は敵対する海軍ではなく一市民だけど、犯罪者とされる海賊との恋は祝福されないし応援もされないだろう。それが、良い評判など一つも聞かない億越えルーキーともなればなおさらの話。だというのに、見事にそんな海賊と恋をしているとは昔の私はどこに行ったんだと、握っていた包丁に映る自分を見て息づいた。

「辛気臭ェ」
「ロー、来てたの」

 視線を動かせばカウンターに据えてある椅子に座り、こちらを睨み上げている彼がいた。

「鍵掛けとけよ」
「海賊に鍵の心配される日が来るなんてね。生憎、押し入るような野蛮人はこの街の住人にはいないからその習慣がないの」

 コーヒーと切り分けたサンドウィッチを彼に出し、カウンターの中で私もコーヒーを啜る。彼の口に合うように淹れたコーヒーは私の舌には苦く、シュガーポットから角砂糖をふたつ取った。

「なに考えてた」
「なんでローに恋しちゃったんだろうって」

 サンドウィッチを咥えたローは咀嚼開始を取り下げ、不機嫌を隠すことなく眉を寄せた。

「ローはなんで私に恋したの」

 寄せた眉はそのままに視線はカウンター上のコーヒーカップに向けられた。動いたと思った口は咀嚼を始め、私はようやく良い温度に冷めたコーヒーを口にしながらその様を眺めることにした。
 ローはパン屑を落とすことなく綺麗にサンドウィッチを平らげ、コーヒーで喉を潤してからやっと質問に答えるべく口を開いた。

「さあな」

 けれどもそれは答えとは言い難く、答えてやらん、という顔をした彼にお代わりを要求された。はぐらかした理由が私の考え事が気に入らなかったからかと思うと、2億の賞金首も存外わかりやすい男だと思う。

「お伽噺がね、嫌いなのよ」

 2杯目を渡せば、話が見えないとまた眉が寄った。

 お伽噺のふたりは、こうしてゆっくりコーヒーを飲むことさえ許されなかった。

「お姫様と王子様が出てくる物語。周りの子はみんな好きだって言ってたけど」

 カウンターに置かれたローの手に自分の手を重ねると彼の眉間から少し力が抜けた。そしてローは掌を返して、私の手を柔らかく握り込んだ。

 あのふたりは、こうして互いの手を重ねることも握り合うことも許されず、その手が重なったのは互いの体温などわからぬ状態になってから。

「ハッピーエンドなら好きになれたんだろうけどね」

 ズッ、とローが腰を浮かせた拍子に椅子と床が擦れた音がした。
 顔が合わさったのは突然のことで、射抜くようなローの視線に跳ねた心臓は体まで揺すった。

 唇を重ねたときのこの幸福感も、些細な息遣いも、あのふたりは知らない。


「お前がおれに惚れたのは、おれだからだろ」
「……そうね。来世で幸せに、なんて柄じゃないものね」

 再び合わさった唇は、たしかな熱を帯びていた。


2012.0131
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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