右から三番目の、上から五番目…。
指で辿るようにして、名前を確認する。間違いなく此処が彼の下駄箱だ。同じクラスで良かった。


「ここか…」


緊張のあまり、思わず声が漏れた。
まだ他の生徒は授業中だというこの時間に私が来たのは私の想い人の下駄箱の目の前。勇気がない、ヘナチョコな私は口で気持ちを伝えることなんて出来ない。だからといってメアドも知らないし、今までみたいにただ陸上部のマネージャーとして、もしくはクラスメイトとして彼を見つめているのももう嫌だ。
だから私は、友人たちに「古典的ね」なんて言われながらも初めてラブレターとやらを書いてみたのだ。でも古典的って言葉がやたら引っ掛かったので一応メアドも書いておいた。そしてそれをベタに下駄箱に入れておこうと考えつき、今に至る。


「よし。行け、私…」


そ、っと下駄箱の扉を開ける。ギィと扉の軋む小さな音が、いつも以上に大きく聞こえた。これを入れて、そのあとどうなるかなんて考えてない。もしかして気まずくなるかもしれないし、スルーされるかもしれないけどそれでもいいんだ。よし、入れるぞ…


「おー、ナマエもサボり?!」
「ほげらぁッ!!」


びっくりしすぎて変な奇声をあげてしまった。案の定エースは文字通りの"ぽかん"顔だ。そりゃそうだ。私だってあんな奇声あげられたらびっくりするもの。


「ほげら?」
「な、ななな何でエースがここにいるの?!」
「何でって…腹減ったし帰ろうかと思ってよ」
「ば…っ、はい?!」
「お前こそどうしたよ?そんなに動揺して」
「べ、つに?」
「ふーん?」


疑うように私の顔をじっと見るエース。
そう、この通り普通に話すことは出来るのだ。ただ、だからこそ気持ちが伝えられないわけで。背中に回した手中におさまる手紙を、カーディガンの裾からスカートの間に挟みこもうとするがやはり動揺しすぎてるのかうまくいかない。
どうしよう、完全に怪しんでるよね…。ずりずりと足を引きずりながら自分の下駄箱の位置まで下がりつつエースに微笑むかけるも、相変わらず眉間に皺を寄せたまま怪しんでる様子だ。


「…はーん、わかった」
「なに、が?」
「お前あれだろ、ラブレター入れようとしてたろ?」
「らっ、ラブレターなんてそんな昭和なことするわけないじゃない!」
「嘘吐け!今完全に何か入れようとしてたじゃねェか!」
「してません!ぜーったいしてません!」
「へぇ〜?じゃあ今手に持ってんの何だよ?」
「ぐ…っ」


ダメだ、全部バレてる。
冷や汗で湿った掌を握り、じりじりと詰め寄って来るエースを強い視線で見た。このまま一気に逃げ去るか、それともここで気持ちを伝えてしまうか…。考えても今のパニック状態の私にはどうしたらいいかなんて考えつかなくて、ただ冷や汗だけが滲む。


「おまえ今この辺にいたよな?ってことはこの辺の下駄箱のやつらってことか…」
「ちょ、」
「教えてくれりゃ、あわよくば俺も協力するぜ?」
「協力ってあんた…」


私が好きなのはあんただっつのぉぉおおお!!!
これを声に出して言えたらどれだけ楽だろう。ぐしゃり、掌の中で潰れる紙の音はまるで私の気持ちが潰れた音にも聞こえる。


「こ…これは、」
「うん?」
「エー…スに、渡そうとしたんだけ…ど…」
「え……?」


しん、と静まり返る二人の空間に、周囲の教室の授業中の音だけが響いた。
きっと彼にとっては予想外の言葉だったんだろう。そりゃそうだ。私たちはマネージャーと部員で、ただのクラスメイトで。そんな女にまさか告白されるなんて予想もしないだろうし。


「ってことで…また明日!」
「ちょっ、待て!!」
「なに?!」
「それ、くれよ」
「や…やだよ!それにほら、もうぐちゃってしちゃったし!」
「いいからくれよ!俺にくれるつもりだったんだろ?!」
「そうだけど…!」


ぐっと腕を掴まれると、エースの顔が驚くほど目と鼻の先まで近づいてるから思わず顔ごと逸らした。なにこの展開、もうラブレターの意味ないじゃない。


「おっしゃゲット!」
「や、返して!」
「やだね!」
「待ってエース!」
「明日、返事書いてくっから!」
「はぁ?!」


エースを追いかけるように靴を履き替えて、私は下駄箱を飛び出した。彼はおちょくるかのようにぐしゃぐしゃになったそれを太陽にかざして「何て書いてあんのかなー」なんて言ってみせて、太陽にも負けないくらいの笑顔を私に向ける。


「わざわざ書かなくても…っ!」
「バーカ、俺はジャントルマンなんだよ!」
「それを言うならジェントルマンでしょ、ばか!」
「じゃ、また明日な!」


ずいぶんと爽やかな笑顔を残してエースは走り去って行った。でもいつも以上に逃げ足が早かったのは、もしかしたら彼なりの照れ隠しだったのかもしれない。



ヴー、ヴー、

家に着くまであと少しのところで身体に伝わる振動。
見知らぬアドレスからのメールを開くとまた、どくんどくんと高鳴る心の振動が全身に響き渡るのだった。


15文字以内で


俺 も 好 き だ よ 。


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20110817

2011.1219
随分と前に10万打フリリクで頂いていたものです。
リクエスト内容は「エースの下駄箱にラブレターを入れようとしたら本人に目撃される女の子」
素敵なお話を頂きました。kaiさん、改めてありがとうございます

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テーマ「人外ファンタジー」
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