薔薇少年



「お。今日もマジメにやってる」

 学校の中庭。校長先生がガーデニング好きという、個人の趣味丸出しな学校の庭の中でも特に入念に手入れをされているここは、いま薔薇が満開の時期を迎えている。詳しい品種は知らないが、赤、黄、白、ピンクと色とりどりの薔薇が咲いている。この季節は中庭が告白スポットや校内デートスポットになっていたりする。
 そんな中庭の中央にジャージに黒のゴム靴という姿で、手袋をはめた手には剪定バサミを持ち、薔薇にも負けない真っ赤な髪を逆立てた男子生徒がひとり立っている。
 格好を見てわかるように薔薇泥棒ではなく、今や全校生徒の知るところとなった園芸部員のキッドだ。

「今年も綺麗に咲いてるね」
「お前か。おれが管理してんだ、当然だろ」

 自慢する顔は通常運転の仏頂面だが、まわりに蝶々が飛んでいてもおかしくないほどに口調は穏やかで、その目は薔薇を愛でている。花のことはさっぱりわからない私も、キッドの表情の見分け聞き分けはこの1年少しの付き合いでわかるようになってきた。

 キッド曰く「貴重な時間費やして綺麗に咲かねェとかムカつく」そうで、入部したての頃は嫌々だった世話も長期休暇の間毎日見に来るほどになっていた。一部ではガーディアンとも呼ばれ、校長先生の他は園芸部員と申請をしてきた華道部以外が植物に触れるのを嫌い、勝手に切り落として行こうものなら犯人を締め上げるほどだ。
 そして全校生徒がキッドの名を知るようになった頃、キッドもまた自分が見た目とのギャップで女子生徒の間で人気が出ていることを知ることとなった。余談だが、キッドとは腐れ縁だと言う金髪長髪のキラーもまた園芸部員でキッド同様に人気がある。

「その薔薇どうしたの」
「こいつはもう咲き終わったヤツだ。ほかのヤツに養分が行くように切った」

 キッドは一輪の薔薇を手にしていた。深紅のそれはとても見頃を終えたとは思えない美しさと気品があり、こんなキッドでも洋館専属の庭師のように見せる。
 この薔薇を差し出されたらたとえジャージに長靴姿であっても、黄色い声を上げる女子の気持ちがわからないでもない。

「なんだよ。お前コレ欲しいのか?似合わねェだろ、やめとけ」
「何も言ってないんだけど」
「お前の場合頑張ってその辺に生えてるヤツだな」

 反論する私を無視してキッドは黙々と剪定を続けていく。切るにはもったいないように見える花達が次々にキッドの左手に集まり、それらは包装紙に包めばそのまま花束として十分通用するほどになった。
 剪定したものは園芸部員が独自の判断でその処分をしていいことになっているので、もしやあげる相手がいるのかと、それらをどうするのか尋ねてみた。

「事務玄関の花瓶用と、余ったのは隣ん家のばあさんにやる」

 キッドの隣家のおばあさんは学校のガーデニングファン。と言うことになっているが、キッドファンであると言うことを私は知っている。キラーから聞いた話だが、季節ごとに花を差し入れてくれるキッドを孫のように可愛がっているのだとか。いま女子生徒の中で一番羨望の眼差しを受けている人物である。

「お前もさっさと薔薇が似合う女になれよ」

 なんだかキザな台詞を聞いたような気がするが、嫌味な台詞の間違いかもしれない。その辺に生えてるヤツから薔薇への昇格は道のりが長いだろう。そもそも、薔薇が似合う女とはどんな女だ。ハリウッド女優か。

「さっさとって、あんたが剪定してくれんならなってあげる」
「『上手く返したぜ』みたいなドヤ顔してるやつにはほど遠い話だったな」

 いつもの軽口だとわかっていても、言ったおれが馬鹿だったと謝られると可能性が潰されたようで悲しい。さすがにハリウッド女優になれるとは思っていないけど。
キッドは何も気にしていないというふうに、「じゃあな」とハサミと薔薇を持って用具庫へ向かってしまった。
 
 綺麗な薔薇は手の届くところに咲いているというのに、その薔薇はこちらに見向きもしないのか。薔薇が似合う女なんて、本当に、ほど遠い話だ。


企画『if』提出
2011.1227
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