君には勝てない



「それはお前が悪い。完っ全にお前が悪いって」
「う、」
「俺に愚痴ってないで頭下げに帰った方が良いぜ」

 ある時は学生時代の友人の愚痴を聞いて、

「丹波でーす!よく歳のわりに落ち着きがないって言われまーす!」
「落ち着いた丹波なんて想像できねー」
「アハハ、なんか丹波さん可愛いー」

 ある時は別の友人から誘われた合コンを盛り上げて、

「え、なにお前この間の子気になってんの?」
「まーな。連絡先もらったけど、なんかきっかけなくてさ」
「じゃあ俺がセッティングしてやるよ」

 ある時は友人の恋のキューピッドみたいなことをしてみせる。

「聡ってさ、人のことはよく面倒見るけど自分のことは結構ぞんざいだよね」

 そんな俺にこんなことを言うのはこいつぐらいだ。否定されているわけではない。むしろ「素晴らしい博愛精神だ」と言われたことがある。それでもこいつは「ずっとそれでいいの」と問いかけてくる。

「えーナマエだって仕事第一で自分のことどーでもいいって感じじゃん」

 その問いに答えたことは一度もない。ずっとのらりくらりとかわしてきた。

「そんなことないよ。エステ通ってネイルケアもしてるし3ヶ月に一度は美容院行ってる。ジムも忙しくなければ週2は行くようにしてるし、付き合いで始めたゴルフにもはまってる。誘われれば合コンも行くよ」

 ナマエの返答は俺の想像とは違っていて驚いた。出会ったときから体型が全く変わらないからジムぐらいは通ってるかもと思っていたけど。
 でも、思えばたまに会う彼女はいつも身綺麗だし髪も傷みとは無縁のようだった。今だってカクテルグラスを握っているその手の先はヌーディーベージュが艶々としていて、根元に1つずつ丁寧に置かれたストーンがきらりと輝いている。とてもぞんざいに扱っているような手には見えない。
 そして合コンという単語に俺は敏感だった。学生の時は友人に泣きつかれても「そんなもの」と冷たくあしらっていた彼女が、自主的にではないにせよその場に出向いているなんて。俺は一度だってそんな彼女を想像したことはない。

「なんか、うん。ビックリ。でもナマエ綺麗だし納得だわ。けど俺とまだこうして飲んだりしてるところ見ると、合コンの成果はなしってとこ?」

 動揺を隠すのも通じないから言葉にする。それからからかうようなことを言ってナマエの反応を見る。俺と飲むより楽しいとか、若くてカッコイイ子が多いとか言われたら確実にへこむ。

「個人的な誘いがかかるときはあるけど、人脈広げるとか、気分転換みたいなもんで参加してるからさ、あからさまなお誘いっていうのは期待させちゃ悪いから受けたことない」
「そーゆーとこは変わってねぇな」

 アハアハと笑いながら、氷が良い具合に溶けてきた焼酎をごくりと飲み込む。内心は全く笑えていない。そりゃあそうだ、好きな女が知らない男から何度も誘いを受けていると知ったんだ。まったく笑えない。だからと言って不機嫌丸出しにできる立場にはいないし、ここで笑っているのが丹波聡なんだと思う。

「あんただって結構顔良いし、ノリ良いし、精神的に若いから年下の可愛い子とかひっかけてそうなのにね」
「ひっかけるってお前、俺のことどんな目で見てんだよ」
「こんな目」

 ケラケラと笑うナマエは暇そうに歩いている店員を捕まえて、ヒアルロン酸入りと書かれたアセロラサワーと石焼ビビンバとバニラアイスを注文した。

 年下で可愛い子なんてそりゃあいっぱいいたさ。サッカー選手ってだけで10歳ぐらい歳が違ってもキャーキャー言われるし、積極的なアプローチをくれた子だって1人や2人じゃない。でもその子達は年下で可愛い子だけど、俺には魅力的な子じゃなかった。いつだって俺に好意を寄せてくれる子は、俺が好きな子じゃなかった。
 ナマエは珍しく俺のことを褒めてくれたのに、ちっとも喜べない。

「合コンとか行ってるわりに聡の噂って全く聞かないけどさ、あんた、好きな人いるでしょ」

 新しいドリンクに口をつけて笑った彼女は達海監督にそっくりで、背筋がざわっとした。こういう時、彼女の顔は綺麗で怖いと思う。「全部知ってるぞ」と言われているようで。

「それってさー、学生ん時からの人?」
「は、え?」
「え?って、学生ん時からモテてたのに彼女作ってなかったじゃん。だから、いまでもその人のこと好きなのかなーって。あーでも、さすがにそれは長すぎ?」

 本当に、こいつは全部知ってるんだろうか。
 図星も図星で、「ビビンバでーす」とやたらハイテンションな店員が割って入ってくれなかったら、俺は動揺しすぎて何も言えなかったに違いない。いま現在何も言えていないんだけど。
 お焦げができるまで少し置いてからナマエはビビンバを混ぜて、取り皿に分けた半分をスプーンと一緒に俺にくれた。すぐ食べたらスプーンも飯も熱くて舌が火傷した。たぶん、それだけ俺は動揺してるんだと思う。

「どこまで知ってんの。てか誰かに聞いたわけ」
「どこまででしょーね。でもなんとなくそうかなって思うだけで、たぶんみんな気付いてないんじゃない?聡隠すの上手いから」
「ナマエにはバレてんじゃん」
「だから、なんとなくだって。でも今の動揺っぷりから見て、ほぼ確実だろうね」

 バレバレ、なんだろうか。ナマエはこういう時の駆け引きが上手い。学生の時彼女の鎌にかかった奴を何人も知っている。
 全部バレているならここで取り繕っても全て彼女の肴にされてしまうだけ。でも上等な鎌なら、俺はここで一気に大勝負に出ることになる。勝率は、盛って盛って特盛りで50%だ。

「言っちゃいなよ、聡」

 デザートを残すだけとなった彼女は空になったグラスの縁をあの綺麗な指先で擦っている。その瞳は勝利を確信していて、俺はどうやっても逃げられないことを悟る。と言うより、ナマエに見つめられるとぐいぐい惹き込まれてしまって逃げ道なんてそもそもない。

「バニラアイスお持ちしましたー」

 ビビンバを運んできた店員が今度はアイスを持ってやってきた。ナマエは店員に目をやることなくじっと俺を見ている。「照れちゃう」なんて、冗談を言える空気じゃない。
 店員の彼が空いたグラスと皿を片づけてここを去った後、俺はどう切り出せばいいんだろうか。


2011.1214
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