プールサイドロマンス



 夏のキャンプ。うちのクラブが避暑地に行けないのは毎年のこととして承知済みだ。暑くてかなわないけどプールがあるのは救いだと思う。
 そして、今まさにそのプールでひとときの夏を楽しんでいるわけだけど。

「なんでいるの?」

 夏なのに、プールサイドなのに、サマースーツを着込んだナマエがいた。このキャンプに同行する広報は有里ちゃんで、ナマエはクラブハウスに残って仕事だと聞いていたんだけどな。

「忘れ物を届けにきたのよ」
「俺への愛、とか?」
「備品の一部に組み込んであげようか」
「単品を希望します」

 太陽が邪魔をして顔がよく見えないけど、えくぼははっきりと見える。
 可愛いなと思っていると、カシャという携帯電話特有のシャッター音がした。だらしない顔だという彼女の顔に、またえくぼが見える。左えくぼだ。

「水も滴る良い男だろ?」
「髪がへたってるからなぁ」

 触ってみるとたしかに。水泳キャップをかぶっていたからだけど、トレードマークの髪が犬の耳のようにへたりとなっている。耳のたれた犬のイメージって、ゴールデンレトリバーくらいしか思い浮かばないんだけどさ。
 「犬みたいに可愛くないけどね」と言われるけど、おまえが可愛いいんだから俺に可愛さなんていらないんだよ。

「写真見してよ」
「やあよ。そう言って私のことプールに落とす気でしょ」
「うちの大事な広報に風邪引かすようなことしないって」

 心外だと拗ねてみせれば「可愛くないし、日頃の行いのせいよ」と笑われてしまう。そうは言っても屈んで携帯のディスプレイをこちらに向けてくれるのがわかっているから、俺は再度拗ねてみせるんだ。
 黒の瞳がはっきり見えるほどに近づいて、えくぼは潜んでいるけど笑っている彼女はやっぱり可愛かった。

「うわ、目が半開きじゃん」

 俺の視界を邪魔していたのは太陽なんて適わない敵じゃなくて、自分の瞼だったらしい。それがわかると、なんだか惜しいことをしたなと思う。

「これ、まさかホームページに載せたりしないよね」
「これはだめね」

 ほっと一息。あれが載ったんじゃカッコイイ丹波選手のイメージが崩れてしまう。
 そう言えば、そんなイメージは元々ないとかかんとか返されると思っていたんだけど、
「この写真だけで崩れるような選手じゃないでしょ」

 なんて言われてしまうと準備していた切り返しもできず、いま顔赤いかも、とそれこそ可愛くないけど両手で顔を覆ってみたくなる。

「アラーム画像にでも登録しとこうかな」
「え」

 その場でカチポチ。「完了」と登録が済んだのか、携帯は上着のポケットにしまわれた。彼女は何食わぬ顔をしているけれど、こちらはまだ彼女の意外な行動に引き起こされた動悸が落ち着く気配がない。そのせいで、もっとかっこいい写真にしてよと言い出すこともできない。
 そんな俺のことなどお構いなしに、ナマエはもっとプールサイドに寄るようにジェスチャーをする。

「耳たれていいのはご主人様の前だけよ」

 短く切りそろえられた薄ピンクの綺麗な爪と、その十指がへたった横髪を撫で立てる。
 尻尾を振ってわんと叫んでしまいたい。彼女にすり寄って耳の後ろを撫でてもらいたい。
 そんな気持ちを抑え、耳に触れる彼女の手に前足を重ねる。

 チームメイトの囃し声など耳にも入らず、ナマエの「戻らなきゃ」という一言に俺はくぅんと一鳴きを返した。


2012.0110
企画「こっち向いてマーメイド」提出
「#幼馴染」のBL小説を読む
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