メロンパンと五百円


「後藤のバーカ!いいもんね、俺家出してやるー」

 はは、いくつのガキだよ。後藤と有里が止めるのも無視してクラブハウスを出た。現役のときみたいに走れないから、誰かのチャリを拝借して。

「達海〜なにやってんだ〜」
「いえでー」

 商店街のおっちゃんおばちゃんは「暗くなる前に帰って来いよ」だってさ。家出だって言ってんのに。

 ふらふらっと走ってたら駅に出た。コートのポケットに手を突っ込んだらジャラジャラした。木を隠すなら森って言うよね。自転車を放置自転車の中に置いて、ジャラジャラした小銭で券売機と向かい合う。
 どこまで買えばいいかな。電車なんてぜんぜん乗らないし、昔も乗ってなかったし。これ、どこまで行くんだろ。

「いっか、適当で」

 百円と十円をあるだけ入れてみた。ボタンを押すと、んべ、と切符が出てきて、ちょっと多かったみたいで十円がカラカラ戻ってきた。
 切符は今じゃ当たり前の自動改札を通り、小さく穴を開けてから俺を出口で待ってた。

「青春十八切符。なんてね」

 切符をポケットに突っ込んで適当にホームで電車を待つと、ナイスタイミングでやってきた。
 ヒューシュシュ、キーキー
 電車の音ってずっとガタンゴトンだと思ってたけど、いかにも鉄の塊が走ってますって音だった。あんま好きにはなれないかも。

 昼間でも結構人が乗ってる。朝と夕方がいわゆる通勤ラッシュってやつで、死にそうだって有里が言ってたっけ。座れたらラッキーとかなんとか。俺は座り放題なんだけどね。
 壁にくっついた長い椅子のちょうど真ん中に座る。おばちゃんとじいさんのサンドイッチ。頭を窓に預けてぼーっとする。向かいの窓からはビルとか家とか電線とかしか見えない。あ、あと空。停車と発車のときに体が右に引っ張られる。

 みっつ駅を過ぎてじいさんが降りた。その次の駅でおばさんが降りて、キャリーカートを牽いたお姉さんがじいさんが座ってた場所の隣に座った。
 中吊り広告は週刊誌と女性誌のしか見えなくて、サッカーのさの字もなかった。あったのは参議院議員のなんちゃらさんとか、三十代女子の恋愛とか。
 電車の椅子って案外座り心地が悪い。お尻が痛くなってきた。電車の旅ってつまんないなーと、なんだか眠くなってきたし、座り直して寝ることにした。たしか、電車で寝ると首が痛くなるって言ってたっけ。有里が。


 なんだかゆらゆらする。あ、もう朝か。有里がお越しに来たのか。んーもうちょい寝てたいけど、起きないとうるさいしな……

「終点ですよ」
「…………ん、だれ?」

 俺を起こしたのは有里じゃなくて知らない人だった。なんか困った顔してるような。

「その前に、降りましょ」

 電車は終点についたらしい。俺と俺を起こしてくれた人以外誰もいなかった。ホームに立っていた看板には知らない駅名。ここがどこだかさっぱりわからなくて、少しわくわくする。

「ミョウジナマエです」
「達海猛」

 ぱぱっと自己紹介を済ませたら、タイミングよく腹が鳴った。昼飯食って出てきたんだけどな。

「そこのでよければ何か食べますか」

 ミョウジさんの指先に小さなコンビニがあった。金が無いと言えば彼女は困った顔を緩めて、俺をコンビニへと連れて行った。
 昼過ぎのコンビニは街中も駅中も変わらないらしく、冷蔵の棚はガラガラになっていた。サンドイッチは売り切れで、梅干しおにぎりは嫌で、チョコチップメロンパンがあったからそれにした。飲み物は、仕方なく新発売のポップが立つペットボトル飲料。小豆味の炭酸ておいしいのかな。

 会計をしてもらって、そばのベンチに座ってピリピリとメロンパンの袋を開ける。

「なんも買わなかったの」
「もう済ませてあるので」
「あ、そうなの。なんかごめんね」

 気にしないでと大人な対応をしてくれる彼女に甘えて、俺はもぐもごと口を動かす。このメロンパン、パサパサしててあんまり美味しくない。腹減ってるから食べるけどね。最後の一口を炭酸で流し込んで、あり、と思う。

「ミョウジさんさ、もしかして俺のせいで乗り過ごしたの」

 この駅が彼女の目的地ならコンビニを出たところで、いや、俺を起こした時点でいなくなってるはず。それなのに今まで一緒してくれてるのは、ものすごく親切な人か、電車待ちだからだと思う。案の定彼女は後者で、それでも気にしないでと言ってくれた。

「達海さんは」
「俺はねー家出。適当に乗ってたの」
「家出?」
「そ。もうさ、後藤も有里も俺の味覚がおかしいって言うわけ。そんで野菜もっと食べろとか早起きしろとかさー。ガキ扱いするから頭にきて……なに笑ってんの」

 堪えてるつもりかもしれないけどミョウジさんの肩が揺れてた。すみませんって言ってるけどまだ笑ってるし、可愛いとか言われるし。絶対ガキ扱いしてる。でも昼飯買ってもらったし、俺大人だからね、こんなことじゃ怒ったりしない。

「ねェいま何時?」
「15時20分です」
「あり、もうそんな時間か。じゃあ帰ろっかな。暗くなる前に帰って来いって言われたし。……堪えてるのバレバレだけど」

 もう一回謝られて、「べつに良いけど」なんて返して、電車が来るというアナウンスがホームに流れた。

 ヒューシュッシュ、キキー
 乗ってきた電車と同じ方向から来たのに、その電車には人がたくさん乗っていた。全部のドアが一斉に開いてそこからどっと人が降りてくる。制服も多いから下校時間か。
 ミョウジさんと乗り込んだ電車は、俺が乗ってきた電車ぐらいの人の量だった。横並びの椅子の真ん中に今度は二人で座る。

「そうだ、忘れないうちに。駅員さんに切符と一緒に渡したら精算してくれますよ」

 電車賃です、って俺の手のひらに五百円玉が一枚乗っけられた。帰りの切符のことすっかり忘れてた。この数十分で借りがみっつもできた。

「ミョウジさんさ、サッカー興味ある?」
「すみません、スポーツはちょっと」
「そうなの?じゃあさじゃあさ、ETUって知ってる?」
「……なにかの国際機関ですか」
「違う違う、サッカークラブだよ。俺そこで監督やってんの」
「監督さん……達海さんて、凄い人なんですね」
「凄いかどうかはわかんないけど、今度クラブに来てよ。いろいろ返さなきゃだし」
「え、いいですよそんな」
「よくなーい。俺が嫌だから。絶対来てね」

 押し切る形で約束を取り付けた。借りたもんはきちんと返さなきゃね、俺大人だし。
 車掌の鼻声みたいなアナウンスがかかると、ミョウジさんは降りると言った。終点から数えて四つめの駅。ホームには後藤みたいにスーツを着た人が何人も並んでる。

「寝過ごしちゃダメですよ」
「うん。またね」

 ミョウジさんは笑って電車を降りた。改札に向かうことなくそのままホームに立ってるミョウジさんを、なんとなく、見えなくなるまで見てようと思った。ミョウジさんは笑って、小さく手を振ってくれた。振り返した方が良いのかなって思ってるうちに、もう見えなくなっちゃった。

 あ。
 クラブハウスの場所教えなかったけど、大丈夫かな。ミョウジさんが来たら食堂のおばちゃんに美味しいもの作ってもらお。


2011.1030
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