プレゼントは抱き枕で



 目が覚めた。朝になったのだから当たり前のことだ。体がふるりと震えた。ここ数日で一気に冷え込んだというのにエースよろしく上半身裸で寝たせいだが、風邪を引くことはないだろう。

「ん……おじさんおはよ」
「だァれがおじさんだ」
「あ、早起きはおじいちゃんか」

 顔の半分を枕に埋めたままでの「おはよう」はこいつを幼く見せる。
 起こさなければいけない時間ではない。まだ布団と仲良くしていたいというナマエは残して、洗面所へ行ってから届いてるだろう新聞を読みにいこうとベッドの縁[へり]に腰掛けた時だ。パンツのゴム部分を引っ張られた。

「まだいいでしょ」

 振り向けば、枕から半分出された口元が上機嫌に上がっていた。
 しょうがねェなと表面を装って捲り上げられた布団の中に身を戻した。左半分はこの短時間で冷たくなっていたので、もう半分からぬくもりを手繰り寄せた。

「エースじゃないんだから、寝るときは服着なさいよ」

 冷たい、と眉が寄った。皺になるぞとそこを伸ばしてやれば寄った部分に力がこもる。

「温めなおしてくれんじゃなかったのかい」
「サッチみたいなこと言わないで」
「期待したんだけどねい」
「あんたの体調気遣ってあげてんのよ」

 こいつは何かにつけては歳だおじさんだと言う。それを聞いて最近はオヤジもおもしろ半分に乗っかってくるようになっちまった。自分は爺だと開き直っているところがタチが悪い。
 そんなことを考えておれの眉間も寄ったのか、ナマエの温かい指がボタンがありましたと言うようにそこを押した。ひょいとその手首をとり、引き寄せようとすると意図がわかったのかさっと払われてしまった。
 そして淡い期待を残していたものの、本当に温めなおしてくれる気はないようだ。体をすっかり布団に預けて、放っておいたらまた眠ってしまうだろう。ともに二度寝を決め込もうという誘いらしいが、悲しいかな、長年染み着いた生活習慣は可愛い女の誘いであっても突っぱねるほどだった。最低限は休息を取った脳が回転を始めたがっていたのだ。
 再び布団から出ようとすると、またパンツを引っ張られる。

「まだいいでしょ」
「いちいちそこひっぱんな、伸びる」
「だってほかに掴めるところ……あ、髪」
「やめろい」

 ふふふ、と楽しげに笑う声を背中で聞く。こちらの言い分を聞くつもりはないのか遊具にしたのか、なおもくいくいと引き続けられる。ひとまず、なにか着るかと昨夜放った服を探すが、引かれたままでは立ち上がることもできないことに気付いた。

「ったくなんなんだい」
「たまにはゆっくり起きたっていいじゃない。船長含めみんなには許可もらってるのよ」
「は、聞いてねぇよい」
「言ってないからね」

 なにを企んでいるのかは知らないが、ああ本当に、楽しそうに笑うやつだ。

「やっと一番に『おめでとう』言えるのよ。大事にしたいじゃない。いま言っちゃったけど」
「……ったく可愛い女だよい、お前は」

 出たり入ったり朝から忙しい。そんなことを言われてしまえば留まらないわけにはいかないだろう。多少の我慢もしてやろうという気になる。

「ちょっと触らないでよ」
「ベッドが狭いから当たっちまうんだよい」
「この変態おやじが。私の誕生日までには絶対ベッド大きくしてもらう」
「ふたつにするって選択肢はないみたいで嬉しいねい」
「……あたりまえでしょ」

 おれはこのサイズで十分なんだがな、と距離を詰めようとしたその折に、遠くで轟音が響き数秒ののち船が揺れた。

「あら、祝砲撃ってくれる人がいるのね。羨ましいわ」
「……ちィと挨拶してくるよい」
「いってらっしゃい。ゆっくりしてると寝ちゃうから」

 床や椅子に脱ぎ捨てられていた服を着直して部屋を出る。寝起きの者から戦闘態勢に入った野郎までが廊下を駆けていく。が、

「おめェら全員手ェ出すんじゃねェ。おれひとりで十分だよい」

 つくづく自分の能力が飛行タイプで良かったと思う。

「雑魚が邪魔すんじゃねェ!」

「なんか、マルコ怒ってねェか」
「おれ、なんとなく察しつくわ」

 あっという間だった。語ることがなければ腹の虫が治まるにも程遠く、早々と引き揚げては事後処理だけを適当なやつらに頼んで部屋に戻った。
 すると、どういうことだ。

「……エースじゃねェんだからよォ」

 ナマエが、眠っていた。
 本日何度目だ。出どこをなくした虫をどうにか抑えつけて布団にもぐりこんだ。こうなったら二度寝だろうが三度寝だろうがしてやろう。腕も脚も抱き枕よろしくナマエに巻きつけてやった。起きてから痛いだなんだと悪態を吐かれようと、誕生日という武器で戦ってやろうではないか。


2011.1005
Happy Birthday.
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