俺様と同居


「キッド!なんで私のコップ捨てたの!?」

 昨夜俺が捨てたばかりの、アクリル製のコップを手に怒りを露わにしているこの女は、数日前からこの部屋で一緒に暮らすようになったナマエ。こいつのスッピンにもこの数日で見慣れた。
 俺はナマエの手からコップを奪い、ゴミ箱へ投げた捨てた。

「だからなんで捨てるの?それ昨日買ったばっかりなんだけど!」
「色が気に入らねェ。んなことより早く支度して飯食え」

 いまだにインターホンが鳴っても出られないような格好をしているナマエは、文句を垂れながら寝室へ戻り着替えを始めた。

「一緒に暮らしたい」としつこくせがまれ、「うっせェ」と承諾してやったことが結果として良かったのか悪かったのか、今はまだわからない。
だが、元々俺が住んでいたこの部屋にナマエの私物が加わり、新しく買い揃えたものもいくつかある。部屋の雰囲気が変わり、生活にも変化があり、あいつと暮らしていることを実感する。当分は退屈することもないだろう。

 インスタントコーヒーを淹れたマグカップを片手に、携帯のメールチェックをする。俺が朝食を食べ終えたところでようやく身支度を済ませてきたナマエは、冷めてしまったトーストをかじりながら、そんな俺を見る。そして「キッドって、意外としっかりしてるよね」と、聞き捨てならない言葉を発した。

「早起きだし、準備早いし、朝食も作ってるし」
「起きるの遅ェし、準備もとろいし、飯も作らねェ。お前とは正反対だな」

 むくれて目玉焼きに箸を伸ばし、半完熟の黄身を確認するとその顔はすぐさま180度態度を変える。単純なヤツと思いながら、新着メールゼロの携帯を閉じた。

 それなりに長くひとり暮らしをしていれば、自然と家事能力は身につく。料理もそのひとつだ。1人前から2人前に量は増えたが、同棲前から泊まりに来た時の飯は全て俺が作っていたし、面倒と感じるほどの事でもない。
 実家暮らしだったナマエは女のくせにそういう能力は低い。そう言えば「差別だ偏見だ」と返してくる。今までは放っておいたが、生活を共にするとなれば話は別だ。ナマエにもきっちり家事能力を身につけさせなければならない。

「なんか私の顔についてる?」
「黄身がべっとり」
「ウソっ、化粧が!」

 慌てて洗面所へ駆け込むナマエ。食べ終えたらしい食器を流しに持ち込み、すでに自分が持ち込んだ食器と目が合った。時間に余裕があることを確認して、二組の食器を洗うことにした。
 そう言えば、最近ナマエの顔を見る時間が増えた気がする。一緒に暮らしていれば当然のことかもしれないが。

「なにもついてないじゃん!ていうか、歯磨きしたいんだけどキッドがコップ捨てたせいでできない」
「俺の使えばいいだろ。つうか手で十分だ」
「ありえない!」
「ならゴミ箱から出して使うか?」
「……借りる」

 濡れた手を拭き、ふと洗い終えた食器を見ると唐突に自分が主夫になった気がして、腹立たしくなった。

「そろそろ行くぞ」

 洗面所から返されるくぐもった声を確認して、先に玄関を出る。
 この数日で再確認させられたことがある。女の支度には時間がかかるということだ。ドタバタと短い廊下を踏み鳴らし、出てきた顔には余裕のよの字も感じさせない。ナマエには家事能力以前に早起きをさせるべきかもしれない。

「待ってキッド、行ってきますのキスは?」
「その口紅とったら考えてやるよ」

 海外ドラマの影響なのか、ナマエはこういう“お約束”に憧れがあるらしい。俺はお断りだが。

「なんで!?お気に入りなのに!」
「俺は気に入らねェんだよ」
「そんな」
「お前、同棲する時に俺が出した条件忘れたのか」

『俺がルールだ。俺に逆らうな』

「それに納得しただろうが。文句言うんじゃねェよ」
「じゃあ、口紅とっとくからただいまのキスはしてよ」
「脱ぎ散らかした服も片付けといたらな」

 当分は、これを餌に教育するのも悪くなさそうだ。


2011.0625
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -