刺青と隈の怖い人


 皆さんにひとつお聞きしたい。え、あんた誰に話しかけてるの?なんて聞くのは野暮ってもんですよ。それでは最初から仕切り直して――
 
 皆さんにひとつお聞きしたい。
 朝の情報番組でコーナーを設けられている、もしくはテレビ画面の右上に映し出されている占い。そうですね、1番メジャーと思われる星座占いで良いです。自分の星座がその日のランキングで1位、内容も「ステキな出会いがあります」とか「やることすべてが上手くいく」とか良い事尽くめ。そんな結果が出ている時、それをどう受け取りますか?
 私は絶対に「この結果が出た時点で今日の運は使い果たした。今日1日最悪だ」と、落ち込み率100%で受け取ります。ネガティブすぎる?もっとポジティブに?余計なお世話です。人生そんなに甘くないもんですって。


 昼食を学生食堂で済ませ、お腹が満たされた私は早くも睡眠学習モード突入態勢を取り始めました。ようは睡魔の支配を受け始めているということ。大講堂ではどこに座っていても教授の目から逃れられないので、最後列の通路横に席を取りましょう。

「チッ」

 どこからともなく振ってきた舌打ちに、ポータブルな音楽プレイヤーを子守唄にしていた私の眠気は一気に飛んで行きました。自分に向けられたものでなくても舌打ちというのは怖いもので、しかしながら怖いもの見たさというものもありまして、私は極力首を動かさずに目玉だけを動かして舌打ちした人が座っていると思われる席を見ました。

「ったく、てめェらが集中してやらねェから死んじまったんじゃねェか。おれが今日の解剖をどんだけ楽しみにしてたと思ってんだ、ふざけんな」

 怖い怖い怖い。解剖を楽しみにって医学部とか生物学部とかの人かな。でも話の内容もさることながらこの人も怖いよ刺青入ってるもん。しかも指に。そんな指の人に解剖されるんじゃその動物もビックリして心臓止まっちゃうよね。うん、だって人より心臓小さいんだもん。

「でも解剖自体は上手くいったわけで」
「心臓の拍動が見れなかったじゃねェか。最初からおれひとりでやれば良かったんだ」
「や、でも班でやるって」
「そこだ。ケチってねェで1人1匹にしろってんだ」

 この人どんだけ解剖したかったんだ……私は解剖なんて恐ろしくて恐ろしくて。史学部でよかった。おっとここでひとつ、なぜ学部の全く違う私と刺青の人が同じ講堂にいるかという説明をしておきましょう。それは単純明快、いまは全学部共通の基礎教養科目の授業なのでいろんな人がいるんです。

「うわっ」

 刺青の人が怖いのでガムでも噛んで気を紛らわそうと鞄から出したその瞬間、ガンっと刺青の人が机を蹴った音でビックリしてしまった私の手からガムが転がり落ちました。そして見事に刺青の人の足元で動きを止めたのです。知らん振りをしたいところですが、確実に不可能です。刺青の人がガン見してますから。

「す、すみません」

 素早くイヤホンを外して、目を合わせないように焦点はガムに合わせて拾いに席を立ちました。通路脇を選んだことが仇になるとは……

「なに聴いてんだ」

 降りかかる声に反射的に顔を上げてしまいました。ああ解剖された動物さん。私、いまあなたの心境がわかる気がします。これ、確実に心臓止まっちゃいます。刺青だけかと思いきや、鋭い視線に立派な隈。この人同じ大学生とは思えません。

「洋楽、ですけど」

 それでも私は小さな小さな勇気を振り絞って答えました。だいぶアバウトに。するとどうでしょうか、この人は机に置かれた音楽プレーヤーをガン見しています。興味があると捉えるべきでしょうか。

「どうぞ」

 見ず知らずのしかも男の人にプレーヤーもイヤホンも貸すのは気が引けますが、命あっての物種です。私は差し出しましたよ。

「おれが嫌いなバンドか」

 プレーヤーに映し出されたバンド名を見ての一言。私、どうしてそのバンドを聴いてたんだ!いや、それは私が好きだからで、あんた勝手に興味を持っておいて人の趣味にケチをつけるな!と言ってやりたいところですが……ムリ。
 ここはひとつ謝ってプレーヤーを返してもらおうと、恐る恐る声をかけてみようとすればどうしたことか、この人は自分の鞄からイヤホンを取り出して私のとつけ替えました。まあ他人のイヤホンなんて嫌ですけど。

 そして、講義中プレーヤーはこの人の手元に置かれるらしく、おちおち睡眠学習もできなくなった私は真面目に講義を受けることにしました。

「ん」

 講義終了のチャイムと同時にプレーヤーとイヤホンが返ってきました。このまま返ってこなかったらどうしようと思っていたので一安心です。ですがここで気を緩めてしまった私は馬鹿でした。

「ど、どうでしたか」

 恐ろしくも感想を聞いてしまったのです。

「ああ、好きにはなれねェな」

 じゃあなんで聴いてたんだ!イヤホン持ってるならなんかしら自分の持ってるんだろ!そっち聴けば良かったじゃないか!……という意見は恐ろしくて心に留めるのが精一杯です。

「今度そんなのよりもっとイイモン聴かしてやる」

 そう言って隣で寝てた人を蹴り起こして――あれだけ怒られておいて寝るなんて、たいした度胸の持ち主だ――その人は講堂を出て行きました。
 とりあえずあの、来週も隣席確定ということでしょうか?恐ろしい……。

 皆さんにひとつお聞きしたい。
 心臓が縮み上がる思いをし、大好きな音楽を否定されても、これをステキな出会いだと舞い上がれますか?


2011.0523
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