「…沢田、」
「あ、はは、はいぃぃ!」
私、こいつに何かしただろうか。
並盛へ引っ越してきて大分経った。が、未だあまりここに慣れない。部屋に折原臨也の盗聴器が隠されているかもしれないから安心してくつろぐことができないのである。女の子とは少し仲良くなれたと思うが、愛想が壊滅的に悪い私だ。並盛はいい子達ばかりだから良かったものの、いつか「まじ千秋ちゃんウザい」と言われるやもしれない。女の子コワイ。
そして私が一番恐れている事は私のこのキレたら筋肉のリミッターが外れて怪力になってしまう特異体質。この事がバレたら今の生活が確実に崩れる。絶対周りから一線引かれる。また池袋の生活の二の舞になる事は分かりきっているのだ。折角池袋から離れられたというのに。平和な世界で平和に暮らしたい切実に。
…そういえばこの前静兄さんからメールがきてた。私に対して多少シスコンらしい兄さんは私が折原臨也の陰謀で並盛に通う事を知って怒りを爆発させていた。そしてそのメールの内容が「ノミ蟲 頃しtくる」だったから携帯が壊されていないだけ良かったと思う。誤字に気付こうよ兄さん。
私が並盛へ引っ越してきた時点でもう原作はとっくに始まっていたみたいで、沢田綱吉は山本武と獄寺隼人と一緒にいる事が多かった。物語は順調に進んでいるらしい。
それよりも、
「沢田綱吉、数学のノートは」
「え、えと、その、忘れてしまって___」
「…」
「ひぃっ!スイマセンスイマセン!」
……これである。
そう。何故か私は沢田綱吉に怯えられている。
教壇の上に山のように積まれた数学のノートを一つ一つ名前を確認してリストにチェックを付けて行く。だが沢田綱吉の欄だけチェックが付けられていない。
どこぞのバスケの女子力高い男の子のようになんどもスイマセンを繰り返す沢田綱吉は肩をびくりと震わせてぺこぺこと頭を下げた。取引先相手したサラリーマンみたいだ。なんて、
「…」
「本当にごめんなさい!」
はぁ、と溜息を吐く。ノートの提出率が悪いと係である私が怒られるのだ。まあ別にそれはいいのだが、何故何もしていない私に怯えているのか分からない。睨んでいるつもりはないのだが、いかんせん目付きが悪いから睨んでいると間違いをされているのか。
「あ?なんだお前、十代目に何かしてんじゃねーだろーな」
「…あ?」
銀髪の少年との最初の接触がこれだ。思わずそれに苛っときて手に持った集めた数学ノートを持つ手に力が篭った。不機嫌なのを隠しもせずに私はその銀髪の少年を睨み付けるとそれが癇に障ったのか、獄寺隼人は眉間に皺を寄せた。更に側にあった知らない誰かの机を軽く蹴り上げるものだから、必死に殴りかかろうとする自分の拳を握りしめる。
「ご、獄寺くん!?」
さっきまで数学ノートを忘れて会社員のようにぺこぺことお辞儀をしていた沢田綱吉が顔を青く染めて慌てて間に割って入った。そのおかげで苛々に染まっていた頭が少しクリアになる。
「十代目!この女になんかされてませんか!?」
「さ、されてないよ!ただ数学ノート集めに来てくれただけだよ!」
「え…、そうなんスか?」
自身の尊敬する十代目、沢田綱吉が言うことには獄寺隼人にとっては良くも悪くも絶対だ。一生懸命説得する沢田に獄寺は口を紡いだ。
…危なかった。今手にシャーペンとか持ってたら確実に苛つきで壊していたかもしれない。ああ、いい加減この沸点が低いのを治さなければ。
獄寺隼人はまだ納得いかないようで私を睨みつけている。売られた喧嘩なら高額で買うけど、今はやっぱり平和に過ごしたいんだ。
「…はぁ。どうでもいいけど明日は数学ノート出して」
「テメェ!十代目に向かってなんて口を───」
「ご、獄寺くんいいよ!あ、へへ平和島さん明日こそは出すから!数学ノート!」
獄寺隼人を宥めながら必死でそう言う沢田にもう一度溜息を吐いて手に持った物をトントンと整頓した。そしてノートをまとめて立ち去る直前に、蔑んだ目をしてこう吐き捨てる。
「中学生が煙草吸ってんじゃねーよ餓鬼が」
教室を出る前にちらりと見えたのは驚愕した二人の姿だった。