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「手を抜いてないって証明するためには、勝つしかなかったから。」

百目鬼は静かに言った。
手を抜かないで勝負して欲しい。

言ったのは俺だ。
初めてやった時だって、あのままいったらどうなっていたか分からなかったから勝ちを譲られたことが悔しかった。

だけど、それはそれこれはこれ。負けて悔しいのは変わらない。

百目鬼が真剣に勝負してくれたことは分かった。
それが俺に対する誠意だってことも知ってる。

柔道に人生のかなりの部分を注いだ人間に勝てなかっただけだ。


悔しいけれど、百目鬼は強い。

「次は絶対に負けないからな。」

だけど俺はこういう性格だ。
百目鬼は、ぽかんとした後面白そうに笑うと

「そうだな。また今度勝負しよう。」と言った。


それから、俺のところまで歩み寄る。

もう一つ果たさねばならない約束がある。

百目鬼が全国大会で優勝したらと言っていた方の話だ。

「好きです。恋人になってください。」


じゃあ、付き合おうかというだけだと思っていたので、恋人になってくださいと懇願されるように言われるとは思わなかった。

俺だってもう、百目鬼の事がたまらなく好きなのだ。

百目鬼の顔を見る。
俺の気持ちなんか知ってるくせに、どこか不安げな表情をしている。

「俺も好きだから。だから、恋人になろう。」

言ってて恥ずかしい科白がさらりと出る。
目の前の百目鬼が泣きそうな顔でほほ笑んでいる。

じわじわと実感がわいてきて顔が赤くなっている気がする。

百目鬼が俺の頬を撫でた時、ようやく現実味を帯びて「こ、ここ、道場だから。」と伝えた。

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