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大人同士の話が終わった父が、保養所の建物から出てくる。

「師匠。こちらの人が、……百目鬼君です。」

友達と紹介することはやっぱりできなかった。

「初めまして。
一ノ瀬君を勝手に試合に誘ってしまって申し訳ありませんでした。」

腰を深々と折って謝る百目鬼に慌てる。
父は顔を上げなさいと言うと、百目鬼が姿勢を戻す。

それから百目鬼の顔と俺の顔を交互に見つめる。
父に見られると、何もかもを見抜かれているような気分になる。

「そうですか、君が。
春秋と春香お世話になっております。」

父が普通に挨拶をする。
俺だけじゃなくて春香の名前が出て少しだけ驚く。

「いえ、春香さんにはお世話になりっぱなしですから。」

まず百目鬼が妹の話をしだす。
そういえば、妹が俺たちの事を気にしていた。

けれどそんなに仲がいいとは知らなかった。

「それに、春秋さんは大切な人ですから。」

当たり前の事の様に言う百目鬼に驚いて妹の事はすこんと抜けてしまう。
再戦とかそれ以前の話を父としなければならないのかと思っていると、父は百目鬼の頭の先から足の先まで眺める。

それから「よく練習を頑張っているようだね。」と話しかけた。
見た限り春秋と実力もそれほど違わないだろう。

言い返したい部分はあるけれど、どちらが強いかは勝負の中で決めればいい事だ。


「お互いに研鑽を積めるという事であれば師匠として、君たちが試合をすることも技を教えあう事も許可しましょう。」

ただし、怪我をした場合きちんとご両親に伝える事。と父は百目鬼に向かって伝える。

これで約束を叶えられる。
俺は百目鬼と顔を見合わせる。

よし!! と叫びだしたい気持ちを抑えて「ありがとうございます。」と頭を下げた。



「お父さん、最近の若い人の事は良く分からないが、上手くやりなさい。」

最後に父はそう付け加えると、俺に向かって「どうする? 駅まで三十分ほどかかるけど一人で帰るか?」と俺に聞いた。

どこまで父が感づいているのかは知らないけれど父に言われて「じゃあ、一人で帰るから。」と答えた。

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