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今日やる予定の型がすべて終わると、それでようやく汗が出ていることに気が付く。

集中していた。
何もかも忘れるくらい。

交流は父達の技の説明に移っていた。
みな真剣に見聞きしているようで安心した。



「春秋君、今日絶好調じゃん。」

予定していた一通りすべての説明が終わって、質疑応答も実践的なものが多くこちらも参考になった。
更衣室で道着から着替えているとカナタさんにそう言われる。

「自分でもそう思います。」

理由は分からないけれど、落ち着いて何もかもできた。

「あはは、自分で言っちゃうあたりお前らしいっていうかなんていうか。」

カナタさんは面白そうに笑っている。
私服に着替える。

百目鬼を何と言って父に紹介するかは決めてなかった。
それに体を動かしている最中は百目鬼の事は考えていなかった。

思い出した瞬間に、心臓のあたりから気持ちがせりあがってくる感覚は慣れない。
だけど、慣れたくないかといわれると良く分からない。

カナタさんにちょっと抜けますと言って、体育館に戻る。

それからまだ練習中の人の中から百目鬼を探す。
彼はすぐに見つかった。

体躯の大きい百目鬼は見つけやすい。

何と言って声を掛けようか悩んでいると、百目鬼がこちらを向いて目があう。
小さくジェスチャーでこっちへ来てと手招きすると周りの人間に頭を下げてこちらへ来てくれた。

数日ぶりってだけなのに、なんかまぶしい様な不思議な気分になる。

「どうした?」

体育館の入り口付近まで駆け寄ってきた百目鬼に言われる。

なんと説明したらいいのか分からない。
それよりも近くで声が聞けたことに心臓がバクバクと音を立てているのだ。

「あ……、あのさ。うちの父、って今日来てたの父なんだけど、にちょっと挨拶をして欲しいんだけど。」

俺がそう言うと百目鬼は俺をじいっと見た後「結婚の、ご挨拶か? ちょっとこの格好では……。」と真面目そうな声で言った。

相変わらず百目鬼は百目鬼だった。

「ふはっ……。違う違う。
うち原則許可ないと他流試合禁止なんだよ。
で、この前の件の相手を知りたがってるってだけだから。」

だけど、その言葉で少し混乱していた自分の恋心がふわりと安心したのだ。

「ああ。
試合を提案したのは俺だからきちんと謝罪をしないとな。」

謝罪が正しいのかは分からないけれど、再戦したい気持ちはもちろん今もあるのだ。

「分かった。少し時間貰ってくるから。」

百目鬼は体育館に戻って大人の一人に話をしてすぐに戻ってきた。


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