囁く声 Another
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目の前でクラスメイトが愛を囁く声が聞こえる。
授業中だというのにお盛んなことでと半ばあきれた気分になる。
ただし、その声はオレにしか聞こえてはいないのだが。
その声は俺にだけ聞こえた。
まるでドッペルゲンガーの様な半透明の幽霊が本人からそっと抜け出すと想い人のところに寄り添ってひたすら愛を囁くのだ。
それが本当の気持ちだと気が付いたのは今よりずっと前のことだった。
父から抜け出した幽霊はいつもいつも母に可愛いなであるとか有難うであるとか愛してるであるとか囁いていた。
それがオレの世界の普通だった。
それがある日を境に、父からは幽霊が出なくなった。
不思議には思っていたが、両親に何を話しても空想が好きなんだなとまともには取り合ってもらえなかった。
ある日、父が部下だという女性を家に連れてきた。
その時久しぶりに父の幽霊を見た。
部下の女性にまとわりついて、かつて母にしていた時と同じように、好きだ愛している。君はなんて可愛いんだ。そんなことをひたすら囁いていた。
母には言えなかった。
だけど、それでも父はオレと母を捨ててその部下の女性を選んだ。
その時気が付いたのだ。
ああ、これは。この幽霊は
妄想なら良かった。
ただ、変な幽霊が見えて聞こえている方がよほどましだった。
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クラスで爽やかだと人気の男子学生の姿をしたその“幽霊”は学年で一番可愛いと言われている女子にまとわりつくようにしてうっとりと呟くのだ。
曰く、その髪が美しい。その唇に触れたい。その白い首から伸びる胸元を暴いてしまいたい。
これが今、囁いている相手への想いだということをオレは知っている。
男子高校生だ。そういった欲求があるのも分かる。だけど、四六時中こんなものを聞かされ続けるのは正直しんどかった。
ゆらゆらと揺らめくその“幽霊”はまるで終わることが無い様に愛を囁き続けていた。
あちらを見てもこちらを見ても幽霊だらけで辟易とする。
机に突っ伏してせめて姿だけは見ないようにしていると、うつらうつらとしてきてしまった。
眠ってしまったようで、気が付いた時には周りは静かだった。
がばりと起き上がって周りを見渡すと一人を除いて誰もおらず閑散としていた。
目の前でオレを見つめる男は佐伯という。
幼馴染だ。
“幽霊”が見えるというオレの妄言を聞いてもふーんというだけで済ませてくれた気のいいやつだ。
「起こせよ。」
寝起きのぼーっとした頭で言うと、双眸が緩んで、それから
「あんまりよく寝てるもんだから。起こすのかわいそうで。」
そんなことをいってオレの頭をそっと撫でた。
ブワリ何かが体を駆け巡った気がした。
嫌だ、嫌だ、嫌だ!!
気が付いた時には俺の体から“幽霊”が抜け出して佐伯にまとわりついていた。
そいつが佐伯に
『好きだよ。』
と囁いた。
「やめてくれ!!」
今初めて感じたばかりのその感情を“幽霊”に口にされて思わず怒鳴ってしまった。
だって、だってオレの姿をした幽霊は初めて見たし、あんな、あんな気持ちの悪い表情で佐伯にまとわりついて。
俺は気持ちが悪い人間だ。
それを見せ付けられた気がして、とても恐ろしかった。
「どうした?」
佐伯が状況を飲み込めずぽかんとしていたが、俺は気持ち悪くて気持ち悪くて、それなのに心配気にオレの事を見てくれる佐伯に胸がギュッとして、しまいには体が小刻みに震えた。
「おい、顔色真っ青だぞ。大丈夫か?自力で家帰れるか?」
佐伯に言われて頷くと、あいつはオレの鞄と自分の鞄二つもって立ち上がった。
「送ってやるから行くぞ。」
そう言った佐伯に幽霊が
『優しい。大好き。』
とまた囁いたが、聞こえなかった振りをして後に続いた。
了
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