理性的に恋をする

誕生日

「なんで怒らないんだ?」

そう話す野々宮君の声はいつもより低くて、それでいて力があったから、それが本気でわからないのだと気がつく。
まるで、僕が怒っていることを前提にしているみたいだ。

別に僕は怒っていないし、野々宮君がなぜそんな風に言うのかがわからなかった。

「え?」

思わず僕の口からでた声は、割と素っ頓狂で野々宮君の思いつめた声とあまりにも落差がある。

「だって、お前今日誕生日だろ?」

野々宮君に言われる。
別に忘れていたわけじゃない。今日僕の誕生日だってことは事実だし、僕自身ちゃんと覚えている。

「そうだね。でもそれと野々宮君が苛立ってることに関係があるの?」

はあ、と大きく野々宮君がため息をついた。

「だって、せっかくの誕生日に飯作らせて、結局帰ってきたのこの時間で、プレゼントすらなんにもなくて、なんで怒らないんだよ」

そう言われて、ようやく野々宮君が何に苛立っているのかがわかった。

だけど、今日は元々彼はドラマの撮影の予定だったし、それがおしていると連絡もあった。
僕が怒る理由は何も無かったし、こうやって日付が変わる前に帰ってきてくれた野々宮君を怒りたいなんてこれっぽっちも思っていない。

「僕はずいぶん前に、野々宮君にもう貰ってるから」

だから怒らないんだと思う。
一番欲しかったものは全部、もう野々宮君は僕にくれているのに僕が怒る訳ないのに。

野々宮君が不思議そうな顔でこちらを見る。

「僕は野々宮君に『おはよう』と『おやすみ』をずっと言っててもいいって許して貰ってるから」

それ以上のものは別に欲しいと思ったことが無い。

ゴクリという野々宮君の喉が上下する音が聞こえる。

「夕飯温めなおすのでいい?」
「ああ、……っていうか、ちょっと待って、本当にそんなのでいいのか?」

野々宮君と恋人になる前、なんとなく泊まった日もあったし、朝一番に彼と顔を合わせるのが僕の日もあった。
仕事に行く野々宮君を見送った日も何度もあった。

だけど、それは成り行きで、彼に許されたからそうしてるとはどうしても思えなかった。

だけど今は違う。
ここで一緒に暮らさないかって野々宮君に言われて、こうやって暮らし始めて、その二つの言葉を言い合う。
それを認めてもらえている。

「こんな幸せなことって無いと思うんですよ。」

思わず笑顔を浮かべてしまうと、野々宮君は、僕の髪の毛を数回優しくなでてくれた。

「この撮影が終わったら少し休み貰えそうだから、改めて誕生祝いしような」

別にいいですよ。と答える前に、「誕生日おめでとう」という言葉を耳元で囁かれる。
だから、それ以上言葉を上手く紡げなくて、赤い顔のまま唇を震わせた。



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