ローレライに口付を

6

けだるい体と、お互いのまだ熱い息づかい。
余韻が残る体をざっとタオルで拭いてもらって、下着だけ着る。

ゼイゼイとしていた息は徐々に落ち着いてきているのに、赤羽が俺の喉を撫でる。

「俺は、もう歌わないよ。」

声はかすれてガラガラだ。
元々特別な歌の上手さがある訳ではないけれど、この声では歌いようが無い。
だけどそういう意味で言った訳じゃない。

「先は長いから。気長に待つさ。」

赤羽は言う。
今すぐ俺が歌って死ぬのも本望だという雰囲気は今はそれほどない。

「なに?それとも今すぐ歌ってくれるかい?」

ああ、俺のローレライ。そう言われて、ああやっぱり駄目なのかと思いなおす。

首を横に振ると、赤羽は微笑む。
俺がそうするとまるで分かっていたみたいに赤羽は笑顔を浮かべる。


「ああ、そうだ。」

トランクスをはいたままの赤羽が立ち上がる。
それから、棚をごそごそとやっている。

それをぼんやりと眺めていると、戻ってきた赤羽が持っていたのは絵筆とパレットだった。

「誓いの印に、描いてあげよう。」


何を?と聞く前に手を取られて、手の甲を絵筆がなぞった。
熱が冷めきっていない体には過ぎた刺激だ。

声を押さえるのに必死で、「はい出来上がり。」と言われるまで碌に何を赤羽が描いているのかを見てもいなかった。

描かれているのはよく分からない蔦の様な模様だった。鎖にも見えなくもないその模様は素人目に見てもとても美しく見えた。

「綺麗だろ。君にぴったりだ。」

赤羽はそう言う。

「何の誓いなんだよ。」

赤羽の言うことのほとんどは、俺には理屈が理解できない。その中でもこれはかなり意味不明だった。

「えー? 君がいつか俺を殺してくれるっていう誓いだよ。」

声色はいつも通りだった。
だから、この言葉が本気なのだと分かる。

左手の薬指にまでかかって描かれているこの誓いはいつか俺が歌を歌って赤羽の後を追うというための証らしい。

「洗えば落ちてしまいますよ?」
「別にいいさ。」

永遠に残るものだけに価値がある訳じゃないからいいんだよ。
そう赤羽は言う。

俺の手の甲に描かれた模様の美しさに洗って落としてしまう事に、少しだけ戸惑いを感じるだけだ。

別に落としたくない訳じゃない。

何も今まで通り変わらない。
赤羽は相変わらずおかしいし、もう俺はなるべく声は出したくない。

何一つ変わっていないのに、嬉しそうにその誓いの印を見て微笑む。
居心地が悪くて視線を逸らす。

けれど、どうにもこのベッドから降りるには腰がきしみすぎている。
諦めて、目を閉じると声が聞こえる。

それは、俺がホテルで歌った曲だった。
俺よりもたどたどしく紡がれるその歌を聞きながら、何故か少しだけ安心してそのままぼんやりとする。


別に気長に待つさの期限がいつまでなのかは、分からない。
突然俺に執着したように、ぽんと飽きてしまうかもしれない。

だけど、そんなことは本当はどうでもよかった。
俺の声を聞いて死んでも本望だ、なんて言われて少しだけ救われたのだ。

だから、もう少しだけこのままでいさせて欲しい。

「おやすみ、俺のローレライ。」

そう言って赤羽は口付をした。
俺は瞳を閉じたまま眠りに落ちた。




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