ローレライに口付を
5-6
喋ってしまったのがいけなかったのか。
久しぶりに声を出したのがいけなかったのか。
それとも体が昂ってしまっているからいけないのか。
「ふぅっ、んんっ……。」
喘ぎ声を出すたびに赤羽は満足げに笑う。
溶けだしてしまった思考は快感を追う事に塗りつぶされる。
だから、そこに指を入れられた時も、少しだけ違和感があっただけの有様だった。
元々体は碌に動かせない。
足で蹴り飛ばす事だって出来ないのだ。
それが、赤羽の優しさからの行動だとは思っていない。
彼の思考があの火事以降崩れて滲んで、まともではなくなってしまった事を知っている。
押しのけるのが正しい事だと知っているのに、体は動かずどうしようも無い。
自分の尻からぐちゃぐちゃと音がしている。
薬にせよ、ローションせよ彼が頭を働かせている事だけは分かるのに、何故まるで運命の様に俺の事を思っていることだけ勘違いしてしまっていて、その所為で彼はおかしくなってしまったのだ。
俺の事さえ欲しいと思わなければ、彼はまともだったのかもしれない。
普通に出会えれば、と考えたことは無い。
俺の歌で死ぬ訳が無いと言っていた友人の事が頭をよぎっていつも無理だった。
「せめて今はこっちに集中してよ。」
ぐりぐりと中に入れられた指を動かされると、悲鳴の様な喘ぎ声が漏れる。
集中も何も、べっとりと快楽で塗りつぶされつつあるのだ。
「あ゛、やらっ……、あっ。」
彼が、それを望んでいるのならそれでいいのではないか。
例えそれがハッピーエンドで無かったとしても。
歌わない俺に飽きるまで一緒にいればいいじゃないかと思ってしまった自分を許せなかった。
どのくらい中を探られたのか分からないけれど、一旦指を引き抜かれて思わず赤羽に視線を移してしまう。
彼はベルトを外して下着をずらすと、器用にコンドームをつける。
興奮しきっている様にみえるそれは、これからするであろう行為を考えると無理だろうと思ってしまうサイズだ。
思わず、シーツの上を逃げようとするのに、相変わらず体は碌に動かない。
けれど、崩れ落ちた時よりもほんの少しだけ体に力が入る様になっている。
「大丈夫。俺が勝手に君を襲うだけだから。」
そういう、何もかも見透かしたみたいな言い方はやめて欲しい。
言い返したかったのに、その言葉は嬌声になってしまう。
指とは全く違う質量で少しずつ中を抉っていく赤羽は、わざとらしく俺の肩を押さえつける。
「ねえ、声を聞かせて?」
先ほどよりも色にまみれた掠れた声で赤羽は言った。
それからケロイドのある手で俺の唇を撫でる。
なのに、彼の瞳は相変わらず弧を描いて、笑みを作っている。
声を出せる様な快楽ではない。
押し上げられる不快感と先ほどまでいじられていた気持ちいいという感覚が同時に与えられるのだ。
涙がにじむのも止められない。
「ふぅっ……、やぁっ、あっ、あッ。」
限界まで押し広げられた後、ゆっくりと抽挿を繰り返す赤羽に、だんだんと声が甘ったるくなっていくのが分かる。
思わず唇を噛むと、咎める様に最奥を抉られてのけぞる。
それで、体が少しずつ動かせるようになってきていることに気が付いた。
俺の声は美しくはない。
けれど、自分でも分かるいやらしくて媚びる様な声が耳に張り付く。
手放すまいとしている理性が、それから思考がほどけて赤羽の事しか考えられなくなる。
赤羽の腹にこすりつけられる様な状況になっている自分の快楽の証が切なくなって、切羽詰まった声が上がる。
肩を押さえつけていた赤羽の手は、今は俺を抱きしめていて、彼の匂いがする。
この家にもしみ込んでいる油絵具の匂いだ。
それは、俺に執着していなくても変わらない、彼の匂いなのだろう。
耳を舐められて震えると、吐息に混じった笑い声が聞こえた。
なんか、それが駄目だったの。
多分、まるで当たり前みたいに嬉しそうな吐息を赤羽が漏らしたのがいけなかった。
腹の奥が切ない様な幸せな様な感覚になって、自分の内側が波打つのが自分でも分かる。
快感がはじけて、目の前が真っ白になる。
はあはあと二、三回息をしてようやく赤羽も達したことに気が付く。
ゴム越しでも出された精液の感触が分かるんだなと思う。
引き抜かれるときに、名残惜しい様な「あぅっ……。」という声を上げてしまう。
それを聞いた赤羽は満足気に俺の頭をなでる。
まるで普通の恋人同士の様に思えた。
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