ローレライに口付を
5-3
せめて話を変えたいと、周りを見渡す。雑然とスケッチブックが積み上げられる中壁に紙が何枚も貼り付けられているのが見える。
それが自分をスケッチしたものだとすぐに気が付く。
はっ、と吐き出した息は音になる。
どこからが声で、どこからが吐息なのだろうか。
そんな事考えられない。
隅の壁に貼られているのはすべて、俺だ。
俺のスケッチが何枚も何枚も貼られている。
モデルでもするかい?と何度か聞かれたとことがある。
けれどすべて断っていたし、そもそも本気で聞いている様には思えなかった。
俺の声にはどの位の執着があるのかは分からなかったけれど、それ以外にはそれほど興味がありそうには見えなかった。
よろよろと立ち上がって、積み重なっているスケッチブックを手に取る。
その中に描かれていたものも俺だ。
制服を着たもの、私服らしきもの、中には裸のものも何枚も何枚もある。
「ああ。良く描けてるかな?」
赤羽が普通の事の様に言う。
「盗撮とか……。」
なぜ、こんなに自分のスケッチがあるのか分からなかった。
どこかで写真を撮られた記憶も無い。
「まさか。俺はただ見た通りに描いているだけさ。」
機械越しなんてもったいない事する訳が無い。そう赤羽は言う。
それにしたって尋常な量じゃない。
上から二冊目にも三冊目にも俺しか描かれていない。
「こうやって君を見ればいくらでも描けるもんだよ。」
そういうものなのか、絵の事は詳しくないからよく分からない。
けれど、少なくとも赤羽の俺への執着が声にとどまらない事はよく分かった。それを隠すつもりが全くない事も。
碌なものじゃない。
執着に至る理由も分かるし、運命とでもしないと彼のケロイドの付いた腕について割り切れないのだろうということも少しだけ分かる。
だけど、ここまで俺にこだわったところで何も意味は無いのだ。
せめてそれを伝えようとしたところで視界がぐにゃりと歪む。
「ようやく効いてきたみたいだね。こういうの使うこと初めてだから調整間違えたかと思った。」
「なに?」
思ったより簡単に言葉が出た。
けれど呂律がいまいち回らない。
トロリとした甘やかな笑顔を浮かべる赤羽だけが崩れ落ちた俺を見下ろしていた。
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