ご指名相手は俺ではありません

逃走編1

【バレていますか?】

トークアプリの入力欄に入れた言葉を見つめる。

聞けるわけが無い。
やっていること自体、お客様に対する裏切り行為なのに、それをバカみたいにこっちからお伺いをたてるなんてこと、できやしない。

だけど、あれからも堺という男は、まるで気が付いていますと言わんばかりの言動をごく自然にとり続けた。

意味が分からなかった。
怒るのが当たり前で、嫌味だとしてもこんな風にすることに意味が無い。

金遣いからも、連れてくる関係者からも堺がそれなりに稼いでいる男だということが分かる。
アオイが気に入らなければ他の娘を付ければいいのだし、違う店に行ってもいい。

事実以前はそれほどうちの店に来てはいなかったのだ。

アオイの事が相当気に入っているのかと思った。けれど、メッセージは続いているもののいざ同伴だのアフターだのという話しになるとのらりくらりと断られてしまうのだ。

さすがにそれがわざとだという事は俺にも分かる。

入れ込んでる女の子と金に困っていない男。それなら何故と思ってしまう。


まさか。
なんて思ってしまうのは俺の感情の所為なのだろう。

堺という男は誰に何をすでに話したのかあまり気にしない性質(たち)なのかもしれない。
まるで少しずつ、俺の事がメッセージの相手であるのか試している様に思える。

だから……。
言い訳ばかりをしている時点でもうどうしようもない事位、自分自身が一番よく分かっていた。





出勤途中に綺麗な虹を見た。
自分のスマホで一枚写真を撮った。


【虹を見ました】


アオイのスマホで、それだけメッセージを送った。
写真は添付しなった。

自分の行き場の無い気持ちが、あふれてしまったのかもしれない。
もう、無理だと思った。


こんな、ドロドロでどうにもならない気持ちを抱えたまま、もう堺とは顔を合わせられるとは思わなかったし、メッセージを続けられるとも思わなかった。


「店長、お話があります。」

もう、お終いにした方がいい。
ガキみたいに告白してそれでなんて思えない。

店長は「ああ、やっぱり。」とだけ言った。
それほどまでに最近の俺は堺の事ばかりだったのかもしれない。

「大丈夫、大丈夫。
誰も多分気が付いてないし、こっちもちょっと様子が変だ位にしか思ってないから。」

店長は笑う。
だけど、本当にそれでいいのか?

店長は元々三日月形の目をこれでもかと細めて、面白そうに言った。

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