間違い探し

2

屋上はぬける様な青空が見えて、眩しいくらいだった。

思わず空を見上げてしまう。
こんな穴場なのに誰もいない。

穏やかな風がふいてとても気持ちがいい。

「おい、空音。こっちだ。」

夏目が屋上の柵ギリギリのところに腰を下ろして呼ぶ。
慌てて彼のところに駆け寄って隣に座りこむ。

そこからは何も隔てる物がなくて空がよく見える。

鼻歌でも歌いたい気分になっていると、俺の手に夏目の手が重なった。

手の甲を撫でられて思わず固まる。
確認するみたいに二度撫でると指と指の間に夏目の指を差し入れて握る。

「こうやって、二人きりなのもいいな。」


夏目が言った言葉に「そうだね。」と返す。
普通のやり取りだったけれど、こんな風に話すのは初めてかもしれない。

くしゃり。

ビニール袋がこすれる音がした。
それが夏目がコンビニの袋を放った音だと気が付いたときにはもう夏目の顔が割と近くにあった。

さっきまで触れていた手が離れてしまった事が少し残念だった。

「どうした空音?」
「手が……。」

先ほどまで触れていた指先に視線を移す。

夏目は今まで見たことが無い優し気な表情を浮かべるともう一度俺の手に自分の手を重ねる。
やはり、名前を呼ばれることが多い気がする。

けれど、そのたびにわき上がる切ない様な気持ちを説明するのは難しい。
そのたびにもう一度恋に落ちているみたいな気分になってしまう。

これだけ吐息が触れ合いそうな位置に顔があって夏目の切れ長な瞳が細められる。
それはまるで美しいものを眺めている時の様なしぐさで気恥しくなってしまう。

その視線から逃げるために、思わず瞼を閉じた。


それが合図だった。

夏目の唇が俺に触れた。
セックスの絡まないキスにはまだ慣れない。

けれど、体が嬉しいと叫んでいるみたいだ。
とろりとはちみつを塗りたくられる様な甘い、甘い空気に思考が塗りたくられていく。


絡まる夏目の舌は熱くて、たまらない気持ちになる。

薄目を開けてみた彼の顔は優し気で、それだけでどうしようもなくなる。
必死に流し込まれる唾液を飲み込もうとするけれど、口の端からこぼれてしまっている気がする。

彼が俺の口内を舐めあげる舌に自分のそれを絡める。
上手く応えられている気はしないけれど、自分も夏目に触れていたかった。

どの位経っただろうか、夏目の顔が離れる。
少し名残惜しい気分になって、ここが学校だということを思い出して恥じ入る。

一度離れたと思った夏目の顔は至近距離で目が合うと、どう猛な笑みを浮かべて俺の唇を舐めた。
半ばもう癖の様になっているのかもしれないけれど、思わず唇を緩めてしまう。

笑われた気がしたけれど、それが馬鹿にしているものなのかはよく分からなかった。

歯の裏側を夏目の舌がなぞる。

それからもう一度舌を絡めた。

もっと、と心で思ってしまった事に気が付かれたみたいに先ほどより丁寧に舌を舐められている気がする。

夏目のシャツをつかんで必死に自分でも舌を絡めるけれど、与えられる感覚の方が大きくて翻弄されるばかりだ。
先ほど重ねた反対側の手を握られる指に力がこもった気がした。

鼻の奥で「んぅっ……。」という甘えた声が出て、自分が酷く夏目に媚びている気分になった。
まあ、実際媚びたいのだろう。

淫乱だと言われたことを少しだけ思い出してしまう。

思わず体が震えたことにすぐに夏目は気が付いて唇を離す。
「あっ……。」という名残惜しそうな声が出てしまった。

「どうした?」

そっと髪を撫でられる。

なんて答えたらいいのか分からなくて二度、三度、唇を戦慄かせてしまう。

言ってしまっていいのだろうか。
夏目を多分困らせてしまうのではなだろうか。


けれど、あの時の夏目の「強請っていい」という言葉にすがってしまっていいだろうか。

「い……、淫乱だと思われたくないです。」

俺の言葉に夏目驚いた様に目を見開く。

「……淫乱だとは思ってないし、別に淫乱でも俺にだけなら最高だから。」

俺の所為で空音そう思ってるのに無責任だけど。と自嘲気味に夏目が笑う。
そんな顔をさせたいわけじゃなかった。

「あー、大丈夫だから。
過去の自分に自己嫌悪してるだけだから。」

夏目に抱きしめられる。
そっと背中を優しくなでられて夏目の匂いがして、それでようやく一回息を吐き出せた。

「飯にしようか。」

ことさら優しい声で言われて「はい。」と返した。



まだ、余韻の残るぼんやりとした頭で弁当箱を開ける。
夏目は当たり前みたいにパンを取り出して食べていた。

彼の部屋に他の人の生活が見える物は何も置いては無かった。

「お弁当俺が作ってるんだけど、何かおかずいる?」

おせっかいだったかもしれない。
夏目は俺の目をじっと見た後「じゃあ、その肉巻きっぽいやつ。」とだけ言った。

箸でおかずをつまんだところで、これはものすごく恥ずかしいやつだということに気が付いた。
キスをしている時みたいに顔が赤いと思う。

夏目の顔は見ることができなかった。
視線をそらして箸を持った手を夏目の顔の方に持っていくので精一杯だった。

箸に何か触れた感覚があってその後「美味いな。」という夏目の声が聞こえた。

お弁当良ければ作ってこようか?とは聞けなかった。
多分今日は夏目の気まぐれだからきっと意味がない。


けれど、翌日の昼休みまた声をかけられて、それでようやく「お弁当夏目の分も作ってもいいかな?」と聞けた。
夏目は「楽しみだな。」と言って笑った。

それだけの事が、涙が出そうになるほど幸せだった。



お題:付き合ってる二人、甘々

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