明けの明星、宵の明星

星をつかむ話1

目の前に立った自分の番らしき人間を初めて見た時に思ったことは、『人生なんてこんなもんだ。』ということだった。

凡庸な男は、ぼんやりとこちらを眺めているだけだった。

許嫁としてこの家に来た男は、自分が運命の番だとフェロモンで分かっているはずなのに、表情も変えずぼんやりとこちらを見ているだけだった。

オメガだということに嫌気がさしているのだろうか。彼の一族は極端にアルファが多い。

けれど、あまりにも何も変化の無い顔に思わず嫌味の一つも言ってやりたくなった。

「なんだ、男なのか。」

俺が第一性別を口にすると、俺の許嫁殿は仕方がないとも運命とも何も言わないでへらりと笑った。

「男で申し訳ないんですが、きちんと発情抑制剤も飲みますし、せめて俺の大学卒業まではこのままってことにしてくれるとありがたいです。」

へらりと笑う表情は明確な拒絶なのか。
運命の番という遺伝上のパートナーに対する拒絶なのか、それとも俺への拒絶の現れなのか。
それは判断できなかったが、それでも変化を何も望まない事だけは分かった。


そして、先ほどまで凡庸だと思えていた顔が浮かべた笑顔に、襲い掛かりたい様な欲求が沸くのが分かる。


もう逃げられないということを、言うべきか、言わざるべきか。
どちらでも結果は変わらない様な気がした。

けれど、まだ少年と言えなくもない年齢の許嫁が絶望する顔を見たくないと思ってしまったのだ。
今でなくとも別にいい。

未来は結局変わらない。変えさせはしない。

それであれば彼の望む通り“このまま”の生活を一日でも長くさせてやりたいと思ってしまった。
それはアルファの性(さが)と酷く乖離するものだと知っている。

だけど、どこか諦めた様に言う許嫁を見て自分が耐えさえすればいいのではないかと思ってしまったのだ。



「お前、本当に馬鹿だよな。」

高校時代からの友人だった男が視線を一瞬こちらによこしてから言う。
それからグラスに注がれたウィスキーに口をつけていた。

アルファ同士ということで気楽に友人付き合いができるそいつは現在医師をしていて,許嫁の主治医を頼んでいた。
匂いに嫌悪感を感じる瞬間はあるもののそれをお互いに分かっている上に酷い衝動についても当たり前の事として知っている。それが楽なのだ。その上間違いが起こりにくい。


許嫁とのことを大丈夫と思えていたのは最初のうちだったので、引き受けてくれた友人には感謝をしている。
けれど最初呼び出したときはもしかして、自分の番(つがい)である許嫁にこいつが反応したらという不安はあったのだ。

けれど、こいつ辻川は、何の反応も示さなかった。

特異体質だということだった。
あいつの発情の匂いはほとんどのアルファには何の効果も無い。

それに心底安堵してしまった事だけは確かだ。

「俺の方でも一応説明してるし、学校で性教育もしてるだろうけど、あの子の場合あまりにも自分の事を分かってないからなあ。」

暗にお前がきちんと説明しろと言われていることは分かっていた。
けれど、明確に自分を拒絶しているも同然なのだ。説明できるとは思えないし、辻川に運命の番であるという説明はしていなかった。

別に運命の番なんてものに憧れは元々無かったしそれを辻川もよく知っていた。
だから、そもそも許嫁が俺の運命だとは思いもしないのだ。

項を噛んでしまえばさすがに分かるだろうが、あいつが特異体質なこともあって医師ですら気が付かないのかもしれない。

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