ご指名相手は俺ではありません

同伴編

「えー、やっぱり今日は無理だよぅ。」

アオイが語尾を伸ばし気味で言う。
別にこっちは慣れてしまっているのだ。語尾を伸ばしてかわいこぶっても別にだからなんだという感じだ。

「だって、今日は同伴空いてるって言っただろ!?」

さすがに女の子に向って怒鳴ったりはしないけど、思わず語気が強くなってしまう。

「でも、日高さんとの同伴入れちゃったんだもん。」

アオイの業務用スマホを使って営業を代わってるものの、それは営業時間外だけだ。
それにアオイは一部の客に個人用の番号を教えてしまっているらしかった。

だから、同伴になる場合はきちんと確認していた。
けれど今回は、アオイが入っていないと言った後、別の話を受けてしまったのだ。

「だってぇ、日高さんは大事なお客様でしょ?」

アオイが開き直ってそう言った瞬間目の前が真っ赤になった気がした。
思わず、怒鳴ってやろうかと口を開きかけたけれどそれは店長に止められる。

「もう一人の相手は?」

静かに店長に聞かれて、仕方がなく息を吐きだす。

「堺さんです。」
「堺?ああ、あの接待でよく来てる社長か。」


店長は一瞬逡巡した後、「それじゃあ仕方がねえなあ。」と呟く。

「アオイ。堺様にお詫びの電話を入れろ。」
「はーい。」

とても軽い調子のアオイに思わず舌打ちが出そうになる。

分かっている。
これは商売で日高さんはアオイの上客だ。どっちを取るべきかなんてこと充分分かってる。

それでもイライラしてしまう位には堺とのメッセージのやり取りを気に入ってしまっていた。



「あれ?出ないよ。」

アオイが面倒そうに俺に言う。
あれから何度か電話をしたが堺は電話に出る様子はない。
それに、メッセージも送ったけれど読んだ様子も無かった。

「メッセージ残したからそれでいいじゃん。」

アオイは日高との同伴のためにもう出かけようとしていた。
そもそもこんな風にすでに店に来ていること自体イレギュラーなのだ。

「今日、さかいサン来たらちゃんと謝っとくから!」

そう言ってアオイは行ってしまった。
当然、スマホは彼女が持って行ってしまってる。


それでおしまいの話だった。
謝って、機嫌を直してもらってそれでもダメならしょうがない。それだけだ。

「なあ、悪いんだけど――。」


同僚に声をかける。
それで終わりにできないと思ってしまったのだ。


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