明けの明星、宵の明星

小話1

「入院したって聞いたけど。」
「あー。まあ、ね。
杉浦が気にする事ないよ。特にアルファの中でも薬との相性が悪すぎるってだけだけだから。」

笑いながら言う安藤の顔色は健康そのものに見える。

「杉浦と友達辞めるつもりないし、一番簡単な方法かこれだったから。」

アルファのことを禄に知らない俺でも、プライドが高いアルファがわざわざ他人のオメガのために副作用の強いアルファ用の抑制剤を飲まない事くらいは知っている。

「そんな事より、俺の知り合いがゴメンな。」

申し訳なさそうに言われて、首を振る。

「そもそも、俺が第二性別を隠している所為だから……。」

そちらの方が楽だからとベータのフリをしているツケが回ってきたのだ。
その所為で都竹さんにも迷惑をかけた。

何よりもそれが嫌だった。

「えー、別にそれはいいんじゃないの?
俺も一々アルファですよなんて言って歩いてないし。」


グラスに残っていたアイスコーヒーを飲み込んで安藤が言う。

「アルファは違うだろ。」

そもそも、あのオメガに向けた自分の嫌悪感は多分オメガ特有のものだろう。もっと制御できたものなのかも知れない。

「嫌いなやつ位、誰だっているし、フェロモンの匂いが合わないなんて普通の事だろ。
俺と“都竹さん”も多分お互いに嫌な匂いだと思ってるだろうし。」

そういえば前、安藤の匂いがついてしまった事があったのを思い出した。

「あと、多分だけど……。」

安藤はにっこりと笑った。

「上流階級のアルファはそんなに甘くは無いから。」

人の番から抑制剤奪った落とし前はつけざるを得ないだろうね。
安藤は当たり前の様に言った。

「そこまで……って安藤は入院したんだもんね。仕方が無いのか。」
「そうじゃないよ。俺のことはなーんも関係ないよ。」

ホント杉浦は当事者意識が無いよね。感覚が完全にベータそのものだ。
安藤は面白そうに笑う。

「間違いでも何でも、人の番に手を出すっていうのはそういうことだよ。」

そのとき安藤の見せた笑みは、普段の人のいい笑みではなく、ああ彼もアルファなのかと分かるのもだった。


「だからもう、番のアカシ見せてもチョーカーでもつけて歩いても、多分、杉浦の生活は変わらないと思うよ。」

少なくとも都竹の御曹司の番がうちの大学にいる事は分かっちゃっているんだから。

安藤のいきつけだというカフェは自分達二人以外他に客はいない。
いつも、大学でこの手の話をするときはわざとらしく主語を抜いたりひそひそ声で話していたはずの安藤が普通の調子でそんな事を言っていて思わず驚く。

「そうだ、番殿に『お見舞いのお花ありがとうございました。』って伝えておいてね。
快気祝いは一応送ったけど。」
「うん分かった。」
「じゃあ、今回の件はこれでおしまい。大学でもまたよろしくな。」
「こちらこそ。」

握手はしない。お互いのフェロモンの香りが移ってしまう事はもう知っている。
それが少し寂しくはあるが、最愛の人の匂い以外つけないという人生も悪くないと思っているのが自分のオメガとしての本能によるものなのかそれとも自分の感情によるものなのかは相変わらず分からなかった。

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