臆病者のエトセトラ(王道脇)

居心地のいい場所(茨木視点)

大体において、二人で過ごすときはどちらかの家で過ごす事が多い。
それは、高校時代との変化だともいえるし、けれど他に方法が無いともいえる。

デートスポット的な何かにまるで興味は持てなかったったし、だからといって往来で込み入った話をする気にもなれなかった。
だから、いつも二人で会う時は、結局どちらかの家に行くことが多かった。

高校時代、学食で食事をしてそれで別れていたのが、外で食事をしてどちらかの家でぼんやりと話をしたり、DVDを見たり、それからお互いに本を読んだりそんな風に過ごす様に変わっていた。

その程度の変化だった。
恋人同士だから、触れたり触れられたりそういう事はあったが、それだけだった。

それが逆に居心地が良かったことは事実で、相変わらず蘇芳の黒髪と、それからあのガラス玉の様な瞳を見ていられれば満足だった。

それなのに、まあ、気まぐれかなんかだろうと思っていたにも関わらず、蘇芳は相変わらず恋人として過ごしてくれていた。
お互いの家に行き来して、最初は無かったはずの、珈琲用のミルクだったり、ソファに無造作に置いてあるクッションだったりそんなものが蘇芳の部屋に増えていくたび、少しだけ泣きそうになる。

どちらかというと、感情は動きづらい質だと認識しているのに蘇芳と付き合いだしてから色々駄目だった。

今日もぼんやりと蘇芳を眺めているうちにうつらうつらしてしまって、そのままソファーでうたた寝をしてしまった様だ。

一瞬覚醒したような気がする。
ただの妄想なのかもしれないけれど、蘇芳の手が俺の頬をそっと撫でた。
起きなくてはと思うのに、意識は再び落ちていく。

その時の蘇芳の瞳が、いつものガラス玉では無くて色づいていたように見えたのでもう少しだけ見ていたかった。




「一緒に暮しますか?」

蘇芳の言葉に驚く。

自分のテリトリーに人を入れることを嫌がる質だと思っていたのだ。
それが例え、恋人と呼ばれる存在であっても同じだろうと高を括っていた。

あつらえられた備え付けの本棚は、うぬぼれていなければ俺の為に作られたものなのだろう。


「アンタ、人と共同生活とかできるのかよ。」

思わず出たのはそんな疑問だった。

「茨木以外とは無理でしょうね。」

迷いなく言われた言葉に思わずたじろぐ。
こちらを見据えた瞳は確かに美しかったがガラス玉では無く、色を持っている。

思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

「俺の部屋もあるのか?」
「勿論。」

何から何まで俺の事をよく分かってる。
それにこの天井まである本棚は魅力的に見えた。

後は、多分蘇芳のガラス玉みたいな瞳に意思が見えるのが俺の前でだけという優越感。
そんな馬鹿みたいな感情が思わず俺を頷かせてしまった。

けれど、満足気に頷いた後俺の腕を引いた蘇芳を見て、まあいいかという気分になった。
持っていた文庫本が床に落ちてどこまで読んだのかよく分からなくなってしまったけれど、それももうどうでも良くなってしまう。

引き寄せられた先で、蘇芳が声を出さずに笑ったのを息づかい感じて、俺も少しだけ笑顔を浮かべた。

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