親愛のイドラ

4

「……そ、そうだな。」

声は不自然に震えていなかっただろうか。
普通に出来ているだろうか。まだ、俺は染井の友達として取り繕えてるだろうか。

確認するみたいに染井の顔を見ると、目尻を下げてそれなのに困った様な顔で笑っていた。
意味が分からなかった。

「行こうか。」

自分が変な顔をしていた理由も、それから明らかに可笑しいであろう俺の態度も何も言わないし聞かないで染井はそれだけ言った。


染井に家につくまでいつもは鼻歌なんか歌ったりして、馬鹿みたいな会話をずっとしてたり気まずい雰囲気になんてなったことは無かった。

だから、染井はなんにも覚えてなくてもきっとあの日の事は気まずいことだったんだろうなと思う。

まあ、普通そうだ。

それでも、友達だった時が心地よすぎてなんとかその時に戻れないかって思ってしまう気持ちは俺もよく分かる。
俺はずっと染井の事が好きで、その事はやっぱり後ろめたかったけれど、それでも染井と二人で過ごすのはとても心地よかった。

絶対に俺の馬鹿みたいな恋心で壊しちゃいけないって思う位心地よかったのに。


「鍵開けるからこれ持ってて。」

染井に鞄を渡されて、それを預かる。
静かにアパートのドアを染井が空ける。

染井の部屋には何度も来たことがあったし、泊まったことも何度もある。
雑然とした普通の部屋だし、少し染井の匂いがする位で別になんともない。

「吉野なんか飲むか?」
「染井が飲むなら。」
「じゃあ、なしだな。」

ぼんやりと座り込む。
大分酔っているのかもしれない。

染井がいつもの様に俺の隣に座ろうとしてから、少し離れたところに座った。
そんな事実に地味に傷付いてるんだから俺は馬鹿だ。

家で映画を見るって話だったのだろうか。
染井は動かない。動画配信で見る形だと思ってたのにノートPCも出さないし横に座ったまま話しかけもしない。

「あの日、本当に何にもなかったの?」
「は?」

染井が何を言っているのか、よく分からなかった。
だけど、あの日がどの日の事を言っているかは分かる。

「何もって、男同士でヌキあいって時点で充分アレだろ。」

何も無かった訳じゃない。でも何かあったことにはできない。
だけど、俺のそんな気持ちは染井の一言で意味が無かったことを知る。

「そんなに、無かった事にしたいんだ。
俺とのセックスはそんなに嫌だった?」

ヒュッと自分が息を吸う音がやけに大きく聞こえた気がした。

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