親愛のイドラ
3
「染井はどうする?
この店結構、柑橘系そろってるみたいだけど。」
俺が聞くと染井はチラリとメニューを見た後「コーラで。」と言った。
「あれ、染井飲まないのか?」
調子でも悪かったのだろうか。
それであれば無理をしてくるような話じゃない。
「ちょっと暫く酒は控えようと思ってるだけだから。」
染井はへにょりと眉毛を下げて笑った。
「へえ……。」
何かあったのかとは聞けなかった。
思い当たる節はありすぎた。もうあんな失敗したくないもんなあ、とはさすがに言えそうに無かった。
酒の所為で友人と馬鹿をやった染井と、酒の力が無ければ染井に触れることもできなかった俺。そりゃあ、頼むメニューは違うよなと思った。
飲み会自体はいつも通りでだらだらとつまみを腹に放り込みながらだらだらと酒を飲むだけだ。
染井は別にモテない訳じゃないみたいだがあまり女の子と要るところは見た事が無い。
飲み会でもいつも俺かそれ以外の友人かとだらだらと飲んで食ってしているだけだ。
それは染井がアルコールを摂らないからといって大体同じで、気が付いた時には足元が少しだけおぼつかないであろう程度には酔ってしまっていた。
「なんで、吉野は毎回毎回こんなに酔うんだよ!」
「さて、なんでだろうね。」
さっきまで、染井が酒を飲まなくなったことで落ち込んでいたのに、今はとても気分がいい。
あまり良いことじゃない事は頭の片隅で分かっているが、シラフで染井と友達を続けるのは辛い気がした。
あの夜の事なんてほとんど覚えてやしないのに、馬鹿みたいだとは自分でも思う。
だけど、わずかに残った記憶が、染井の息づかいや触れた手の熱を思い出させてしまうのだ。
「これから、どうする?」
時間は9時を過ぎた頃だ。大体いつもはこの後二人で飲み直してどちらかの住むアパートへ行ってだらだらと寝るのだ。
だけど、染井は酒は控えているらしい。
それに、何も考えず飲んでしまって二人っきりになってしまったら、馬鹿みたいに縋ってしまいそうだ。
「吉野どうした?」
返事をしない俺をのぞき込むようにして染井が聞く。
「ああ、悪い。ぼーっとしてた。」
「本当に吉野、飲みすぎだよ。」
そう言って染井は俺の顔に張り付いてしまった髪の毛をはがす様に触れた。
触れられたところが熱い。
「俺んちで、映画でも見ようか。レンタルしてさ。」
今自分がどういう顔をしているか、ちゃんと友人の顔ができているか分からなかった。
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