親愛のイドラ

2

キョトリと自分と横にいる俺の顔を見てから自分の腕を触って裸であるという事を確認する。
それから、ざっと顔色を蒼白にして。

「え?なにこれ。」

と染井は言った。それが思い出して嫌な気分になったのか、覚えていなくて嫌な気分になったのかは分からなかった。

「……き、昨日俺何しでかしちゃった?」

その言葉で染井が覚えていないと分かった。
安堵したのは事実だ。けれど、ああ、昨日の事は無かったことになってしまうのかという馬鹿みたいな気分になる。
無かった方がいい。だって無かったことになればまた友達としてそれなりにやっていけるに違いないから。

「あ、ああ。酔っぱらって、お前ちょっと吐いて、それから……。」

裸を見られている。お互いの体には精液が残っているし、これが精液だと気が付かない訳が無い。

「それから?」
「いや、酔っぱらって二人でエロ動画見て、それでオナろうかって雰囲気になって、で酔いが回ってる所為でそのまま寝ちまってって、これ恥ずかしすぎるんだけどもういいか!?」

これ以上まともに言い訳できそうにない。
そもそもこの言い訳が信じられる物なのかもわからない。

「……あ、あー、うん。そうなんだ……。
うわー、俺達馬鹿だね。」

引いている感じがするものの染井はあっさりと俺の嘘を信じた様で、少しだけ笑いながら馬鹿だねと言った。
実際はそれ以上の大馬鹿者な訳だけど、それを言えるはずもない。

「今、まだ5時前か……。
吉野風呂どうする?」
「染井が先入れよ。俺は後でいい。」

腰と太ももの付け根あたりに違和感があって、変な歩き方になるかもしれない。
ごまかすために染井が風呂に入ってる間にどうごまかすか判断しなければならない。
あまりに駄目そうなら、酔って階段から落ちたことにすればいい。

「じゃあ、お先に。」

染井は立ち上がるときょろきょろと室内を見回してバスルームに消えた。
ここが所謂ラブホでは無く普通のホテルで本当に良かった。

起き上がると腰は嫌な違和感がある。
無理をして立ち上がるとずきずきと関節は痛むものの短時間であればごまかしがききそうだった。

それに、乾いてしまった精液がこびりついて取れないのだろう。
随分と長い時間シャワーを浴びていた染井のおかげで心の整理がある程度ついた。

戻ってきた染井にいつもの調子で返事をして、いつもの様に歩いてバスルームで体を洗った。
水の流れる音を聞いてさすがに少し泣いてしまったけれど、大丈夫。これで友達に戻れる。
ちゃんと最善の選択をしたに違い無いと思った。



あの日の事がばれなければ、友達に戻れると思っていた。
いや、正確には今も友達だ。
大学で一緒に飯を食うこともあるし、スマホにはよくメッセージが来ている。
先週の日曜日も二人で服を買いに行ったし、かぶってる講義は隣の席同士だ。

何も変わっていないと思うけれど、少しだけ染井の距離が遠い気がする。
やっぱり、自慰行為といえど少し気まずいよなと思う。

「ちょっと、吉野!なんで今日そんなに薄着なの!」

学食でラーメンをすすっていると染井に言われる。

「そうか?」

別に普通のVネックのカットソーだ。少し首周りは緩めだけど、別に薄着では無い。

「そうだよ!ちゃんと着ないと。」

そう言って、染井は自分の着ていたシャツを脱ぐ。それをこっちに渡されて思わず染井を見ると染井は「貸してあげるから着ていて。」とだけ言った。
シャツの中はTシャツでむしろ染井の方が寒くないのか等と考えてしまうし、そう伝えた。
けれど染井は「いいから!」と譲らず結局シャツを羽織る。

シャツは染井の匂いがして、そんな事に一々反応する自分が馬鹿みたいだと思った。
無かったことにしなければ、なんて唐突に考えてしまってますます馬鹿みたいだと思う。

「後で洗って返すな。」
「気にしなくていいよ。」

午後の講義ダルイ。染井はそんな事を言いながらだらりと姿勢を崩した。
少しずつあの日の違和感も痕跡も何もかも無くなって、それで染井の気まずさも無くなって、全部が無かったことになってしまうんだろう。



久しぶりに飲み会に誘われたのはそれからさらに何日かたった後だった。

「人数足りなくてさ。」

合コンに行くつもりにはなれなくてそう伝えると、そういうんじゃないし普通の居酒屋だから!と言われ染井をチラリと見る。

「たまには行くか?」
「吉野が行くなら俺も行く。」

染井は言った。

「じゃあ、俺と染井の二人な。」
「分かった。助かる!」

詳細はメッセージ入れるなと言われすぐにその日を迎えた。

がやがやとしている店内で席は自由だと言われて端の方の座布団に染井と並んで座る。

「染井は何飲む?」
「吉野は?」

ドリンクのメニューを渡され、染井と眺める。

「んー、とりあえずグレープフルーツサワーかな。」

俺がそういうと、吉野はメニューから目を離してこちらを見た。

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