臆病者のエトセトラ(王道脇)

居心地のいい場所

茨木と恋人同士になって、存外茨木と過ごす事が心地よかったと改めて思う。
元々、密な付き合いがそれほど好きでは無かったし、態々二人で恋人同士で出かける様な場所に行きたいとは思わなかった。
それは、茨木も同じだった様で、どこかに行きたいと言われたことも無ければ不満そうな態度を取られたことは無い。

高校時代、学食で食事をしてそれで別れていたのが、外で食事をしてどちらかの家でぼんやりと話をしたり、DVDを見たり、それからお互いに本を読んだりそんな風に過ごす様に変わった位だ。

大抵、茨木は文庫本を鞄に入れていたので、俺の家で静かに本を開いて読んでいることが多い。
お互いに意味も無くテレビをつけることを好まなかったし、音楽の趣味は違いすぎた。

けれど、何も音のしない自分の部屋で、ほとんど会話も無いのにも関わらず特に息苦しさも無ければ気まずさも無い。
それは茨木も同じようで時々ぼんやりとこちらを眺めては、再び本へと視線を戻していた。

ブラックしか飲まない為、何も置いていなかった珈琲用の一式には、茨木の為のミルクと砂糖が加わった。
そんな小さなことが嬉しいと思う様になるなんて高校時代の自分には考えられなかった。
ミルクたっぷりめのコーヒーをマグカップに入れて茨木に差し出す。

「ありがとう。」と律儀に言ってマグカップを受け取ると茨木は目を細めて珈琲を飲む。

ほぅっ、と男子大学生に似合わない可愛らしい吐息をだして、それから茨木はローテーブルにマグカップを置いた。
すぐに茨木の視線は再び開いた文庫本へと向けられる。

恐らく、茨木は高校時代からこうだったのだろう。
あまりにも自然すぎて俺が気が付いていなかっただけで、ずっと茨木は俺から見て好ましい行動ばかりをしていたのだろう。

丁度、大学のレポートが立て込んでいたので、ノートパソコンを立ち上げて俺はその作業に、それから気を取られることになった。

ようやく、大体片がついて気が付くととっぷりと日はくれていて、部屋は薄暗い。
こういうときは決まって茨木が部屋の灯りをつけてくれていたのだが、今日に限っては違ったらしい。
本が読めなくなるから、とそっけなく以前言っていたのを思い出しながら部屋の灯りを付けた。

前にそう言っていた茨木はソファーで寝てしまっていた。
あまりにも気持ちよさそうに寝ているので起こすのもはばかられて、ベッドルームから毛布を持ってきてかける。

寝ぼけているのか、毛布に顔を埋めて「蘇芳の匂いがする……。」と呟いてからへへっと笑っていた。

思わずしゃがみ込んで頭を抱えてしまったのは言うまでも無い。

なぜ高校時代、茨木の事を可愛くもなければ美しいと思ったことも無かったのか、今ではよくわからない。



「あれ? 模様替えしたのか?」

数日ぶりにマンションに来た茨木が言う。

「ええ、ちょっと改装工事をしたんですよ。」

リビング脇のスペースは本来ミニバーとしてのスペースが準備されていたのだが、特に使う予定が無かったので改装して壁面一面本棚にしてある。
一部は自分の本が入っているが、ほとんどが空のままだった。

茨木は興奮した様子で、

「いいよな。本の収納っていくらあってもいいし、こうやってきちんと棚になってたほうが分類もしやすいよな。」

と棚を確認していた。

「持って帰るの面倒な本は置いて行けばいいですよ。」

そのために作ったようなものだった。
少しでも茨木が居心地がいい様に、そう思ったから改装したのだ。

「いや、でも、急に読み返したくなるしなあ。」

でも、なんだかんだで最近お前んちにいること多いしなあ、ひとりごちる様に茨木は言いながらもう一度本棚を確認していた。


「一緒に暮しますか?」

何気なく出てしまった言葉だった。すぐに失敗したと思ったが、茨木の顔は予想に反して、困惑の表情をしてはいなかった。
自分のテリトリーに人を入れることを嫌がる質だと思っていたのだ。

それなのに、茨木はかすかに頬を染めて視線を彷徨わせていた。

「アンタ、人と共同生活とかできるのかよ。」

一瞬間を置いて返されたのは拒絶では無くてそんな返事だった。

「茨木以外とは無理でしょうね。」

茨木だからこそ、一緒に暮らしたいと思ったのだ。
互いの時間を共有したいし、自分の元に帰ってきて欲しい。

茨木がゴクリと唾を飲み込んだ。

「俺の部屋もあるのか?」
「勿論。」

プライベートスペースが無ければお互いに駄目になるタイプなことは高校時代から良く知っていた。
だからこそ、ここまでお互いに踏み込まないで来たのだ。
まあ、だからといって、完全に引きこもらせるつもりはないのだが。

茨木と付き合いだしてから作り付けた本棚をチラリと見る。
この本棚にしろ、ホームシアターにしろ、極端な話、元々うちには無かった珈琲用のミルクにしろ、全て目の前のこの恋人の為に準備したものだ。

当の恋人はそれからまだ視線を彷徨わせた後、小さな声で「家賃そんなに払えないかな。」と言いながら頷いた。
思わず、茨木の腕を引くとよろめきながらこちらに抱きとめられる茨木は俺の顔を見た。

満足気な表情になってしまっている自覚はあったが、視線があってから茨木は俺の首元に顔を埋めた。
声を出さずに吐息だけの笑いが思わず漏れてしまったが、その程度にはこれからの生活が嬉しかった。



お題:攻め視点。溺愛・同棲に持ち込む話。


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