special


 Tashigi

 待ち合わせ場所は海軍本部上層にある和風の中庭。この辺りは高度があるため風が強く、寒さに強いはずの松の木も、びゅうびゅう吹き付ける風に耐えかねて身を縮こませている。クザンさんに貰いたてのコートの袖に指を引っ込め、襟に首を埋め、ポケットに手を突っ込み、ぶるりと身震いをひとつ。ううん、結構寒い。さっきまでよく平気な顔してたな、わたし……。

「――ナマエさん!」

 突如、馴染みのある声に名前を呼ばれて顔を上げた。何もないところで躓きつつ、待機していたわたしの方へ駆け寄ってきてくれたのは、今日も今日とてドジっ子の代名詞、我らがたしぎ姉さんその人である。
 近頃あまり会えてなかったので、冬仕様の彼女の姿はなんとなく新鮮な感じだ。やはり今日は寒いからか、たしぎ姉さんも暖かい時期にはあまり着ていなかった厚手のジャケットを身につけなさっており、ついでにその肩には大きめのショルダーバッグが引っ掛けてある。わざわざ急いで来てくれたのだろう、彼女の吐く息は白く染まりながらふわりと空気に溶けていた。

 ちなみにたしぎ姉さんには、クリスマスに渡したいものがあるのでお会いしたいという旨を、事前にわたしの方から伝えてある。だというのに先日、このあと11時に別の方から呼び出しを食らってしまったわたし。そんなわけで、あまり時間に余裕がないのが申し訳ないところである。

「メリークリスマス、たしぎ姉さん! これ、わたしからのプレゼントです」
「あ、ありがとうございます、わざわざ……!」
「ケーキ焼いてきたんで、よかったらどうぞ」
「わあケーキですか! 私、ナマエさんのお菓子大好きなんです。折角ですし今夜にでも頂きますね!」

 そうやって両手を合わせて身を弾ませるたしぎ姉さんの素敵な笑顔を見れただけで、作ってきた甲斐もあるというものである。そんな素直に大好きなんて言われた日には、わたしが男なら都合よく勘違いしてるところだ。たしぎ姉さんは案の定、今日も可愛い。

 そんなわけで、抱えた紙袋から先ほどクザンさんに渡したものとほぼ似たような色合いのプレゼントボックスを取り出した。違うところといえばメッセージカードの宛名と、カーテンレースのような白い小さな花が赤い包装紙を縁取っている点くらいだろう。やはりたしぎ姉さんも花飾りが気になったのか、わたしの差し出した箱を見ておやと目に留めてくれた。

「なんでしょう、可愛らしいお花ですね」
「ホワイトレースフラワーっていうらしいです。特に冬の花ってわけでもないみたいなんですが、全体的にめちゃたしぎ姉さんぽいので選んじゃいました」
「私らしいですか、ふふ……ありがとうございます」

たしぎ姉さんはわたしからのプレゼントを片手で受け取りながら、心底嬉しげな表情ではにかんだ。ときめいた。
 うん、やっぱりこの花は――花びらの色合いも、見た目の繊細さも、それの持つ意味も含め――たしぎ姉さんにピッタシだ。その名の通りレースに似た白い花は、彼女の手の中でふさわしい可憐さと細やかさを見せている。我ながら悪くないチョイスだ。

 そんな和やかな空気を裂くように、木枯らしがピュウと一際強く顔を打った。わたしは風に踊る髪を抑えつつ、吹き飛ばされないよう少しだけ声を張る。

「しっかし寒いですね、今日は」
「ええ、本当に。どうやらこの時期にしては珍しく、雪が降ると言う予報もあるそうですから」
「おー、ホワイトクリスマスじゃないですか」
「ふふ、そうなるといいですね。寒いのは困りますけれど――……あれ、そういえば」

 ふと話題を切り上げたたしぎ姉さんは、わたしの格好に気を引かれたらしく、下がっていた眼鏡をくいと押し上げてこちらを観察してくる。

「見たことないコート着てらっしゃいますね。新調されたんですか?」
「それが、ついさっきクリスマスプレゼントにとクザンさんからいただきまして」
「えっ、そうなんですか、青キジ大将が……。よくお似合いですよ、可愛らしいです」
「えへへ、ありがとうございます。かなりいいもの頂いちゃったんで、こんなケーキじゃ釣り合うか分かんないんですけどね」
「そんな、釣り合いなんて気にされなくても大丈夫ですよ。きっと青キジさんもナマエさんに喜んでもらいたいだけだと思いますから。それに、ナマエさんの作られるお菓子はいつも美味しいので! きっと大喜びされてますよ」

 なんか妙に熱心に勢い込みつつそう言ってくれるたしぎ姉さん。まあでも少なくとも彼女には、どうやら相当プレゼントを気に入ってもらえたらしい。大変嬉しいことだ。冷気につんと痛んだ鼻声で、わたしは感謝を告げたのだった。


「それでその……ナマエさん」
「ん、なんです?」

 まだ何かあったのだろうか。用事は済んだし、そろそろおいとましようかと考えてたところだったので意外に思って顔を上げる。二度目の話題を切り出した彼女はしかし、肩掛け鞄の持ち手をなんとなく気まずそうに弄りつつ、続く言葉を言いあぐねている。

 なんだろう。てか、そういやたしぎ姉さん、今日は普段持ち歩いていない大きめの鞄を肩に掛けているけど、それも気になるところだ。話出しにくそうだし今からでも尋ねてみようか……とわたしが口を開くより先に、彼女は心を決めたらしい。件の鞄にケーキの箱をしまい込みつつ、たしぎ姉さんはぐっと身を乗り出した。

「え、ええと。私からも実は、渡したいものがあるんですけれど、よかったら受け取ってくれませんか?」
「渡したいものって……プレゼントですか?」
「はい!」

 なんと、もしやと思ってたがたしぎ姉さんもか。

 とはいえこれについては、わたしがプレゼントを渡すと予め伝えておいたから、交換用にわざわざ用意してくれたのかもしれない。だとしたら気を遣わせて申し訳ないところではある。お気遣いなく、って言っとけばよかった。でもやっぱりプレゼント交換というのはいかにも友達同士って感じで嬉しくもあり――。
 まあいいや、せっかくのクリスマスだし貰えるものは貰っておこう。わたしは自然と上がる口角をそのままに、彼女へと了承の返事を伝えることにした。

「もちろん、ありがたく頂戴しますよ」

たしぎ姉さんはそれを聞いて嬉しそうに笑うと、手に掴んだらしい品を鞄から手を引き抜こうとする。

 しかし先ほど気にしないでいいと言ってもらったとはいえ、できればケーキで釣り合いの取れるような、手頃なものだと気兼ねせずに済むのでありがたい。なんて思っているうちに、たしぎ姉さんが取り出したのは丁寧に折りたたまれた上にリボンで一回り括られた赤い布――手触りの良さそうな厚みのある羊毛生地、冬の寒さから首を守る襟巻きとも呼ばれるそれ――つまり、マフラーだ。

「わ、マフラーですか! 丁度欲しかったんですよ、ありがとうございます」
「本当ですか? よかった……!」
「買うのも勿体ないんで毛糸でも買って編もうかなとか考えてたとこなんです。けどやっぱり市販のは耐久性に安心感あるんでいいですね」
「私もはじめは編んでみようかなとは思ったのですが、その……あまり得意ではなくて。少し失敗してしま詰まったので結局お店で選んだんですけれど、そう言って頂けると助かります」

言葉を濁してはいらっしゃるが、たしぎ姉さんが編み物に失敗となると、おそらく毛糸でぐるぐる巻きになったりだとか、毛糸玉で滑って転んだりだとかそんな感じのことだろう。芸術点の高すぎる見事なまでのドジは、やはりたしぎ姉さん最大の魅力だ。
 ひとまずマフラーを受け取ると、冷えた指先からウール特有のふかふかした感触が伝わってくる。これまたあったかそうで、使い心地も良さそうだ。

「あ、これつけてみていいですか?」
「もちろんです!」

たしぎ姉さんの了承を得て、するりと包装のリボンを解く。どうやら初めからすぐに使うことを想定してくれてたらしい。そんなところまで気が利いている、さすがだ。
 そしてパラリと解けたマフラーは、思ったより長めかつ広めかつ厚手のものだ。首に一旦引っ掛け、裾のフリンジを指先でこねくり回す。うーん、さて、どうしよう。

「なんかマフラーってどう巻きつけるのが正解なのかよく分かりませんよね。それにごそごそしてると首がくすぐったくって、いつもささっと適当にしてしまうと言いますか」
「それならお手伝いしましょうか? 厚手のマフラーなので巻きづらいかと思いますし」
「え、いいんですか」

勘違いしてはいけないのだが、たしぎ姉さんは別に不器用というわけではない。単に、ひたすらうっかり屋さんなだけなのだ。そんなわけで、ご自分から提案してくれたくらいだし、多分マフラーを巻くのはお上手なのだろう、きっと。頼みますと言って手にしていたマフラーの裾を受け渡すと、たしぎ姉さんは気前よく頷きつつ一歩こちらに歩み寄った。

「少し失礼しますね」
「お願いします、わたしこういうの結構苦手でして」
「そうなんですか? 意外ですね、ナマエさんは器用なイメージがありますけれど」
「あはは……」

 首が弱い、と言うのをさておいても、わたしは手元が視界の外になると途端に不器用になるところがある。まあ確かになんだかんだ言って、わたしのそういうざまを毎度毎度見られてるのはスモーカーさん相手くらいだしなあ。意外と周知されてないのかもしれない。

「ところで、お節介なのですが……」

 首を両手で守りつつ、手際よくマフラーが巻かれていく様子をじっと観察してしばらく。くるりとマフラーを通され、そろそろ仕上げかと思ったところで、ふとたしぎ姉さんが口を開いた。視線を上げてみると、眼鏡のレンズ越しに見えるのはどうにも好奇心を隠しきれないと言った眼差し。なんだかあまりいい予感はしない。

「今日はやっぱり、スモーカーさんと過ごされるんですか?」

 ……。これもまた、たしぎ姉さんもか。

「……まあ一応、その予定はなくもないですけど」
「わあ、それって……!」
「いや違うんですよ、単にお互い一緒に過ごす相手がいないってだけの話で」

 一体なにを期待なすってるのだろうか。というか言うまでもなく、同居してるとなるといつも通りに過ごす流れになるのは普通だと思うんだけど。

「特段なにも予定がないからいつも通りの流れになったんですよ。今夜は普通に、ご飯作ってお風呂入って消臭して寝るだけのつもりです」
「けれど、夕食は豪勢にされるんでしょう?スモーカーさんも楽しみにしてらっしゃると思うのですが」

確かに、家を出る前に冗談にせよ期待してるとか言ってくれてた気はするから否定はできないが……とはいえ、たとえ聖夜と言えども、そもそもあの煙男なんぞとロマンスが始まるわけもないのだ。むしろこっちから願い下げだ。マフラーに埋もれたわたしの渋面に、たしぎ姉さんはふふ、と柔らかな笑みを向けた。

「お二人の関係を邪推しているわけではないんですよ。けれど、スモーカーさんとナマエさん、お互いに何か特別に思うところはあると思うんです」
「それは……まあ」
「折角のクリスマスですから。是非良い夜をお過ごしくださいね、ナマエさん」

今日一番の笑顔を浮かべたたしぎ姉さんは、穏やかに目を細める。うぐ、そんなふうに言われたら頷くしかないじゃないか。

 ……まあ、あまり、素直になりすぎないのも大人気ないというか、意識しすぎてるのはもしかするとわたしの方なのかもしれない。案外わたしとスモーカーさんって、側から見りゃ不本意ながらただの親子な訳だし、クザンさんやたしぎ姉さんのそれも、単にスモーカーさんがあまりに放任過ぎやしないか確認してるだけのような気もする。……まさかとは思うけど、わたしに対する例の子供扱いでクリスマスは楽しませてあげなくては、とかいう風潮がないことは祈らせていただきたい。


 終わりましたよと声がかかり、たしぎ姉さんの手が離れる。マフラーの巻き方もなんとなく覚えられたような気がするので、色々ひっくるめてお礼を告げた。
 とにかく、うん。もちろん、折角のこの機だし、スモーカーさんに感謝したいことは山ほどあるのだ。一応……ほんと一応でまだ渡すかも決めてないとはいえ、用意したものもあるんだし、たまには素直になるのもいいのかもしれない――。

 そんなことを考えつつ、わたしはたしぎ姉さんと別れて次の待ち合わせ相手の元に向かうのだった。



ホワイトレースフラワー――『細やかな愛情』



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