No Smoking


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 飴色をした木製のカウンターテーブルに、ガス灯に照らされる大小様々なガラス製の酒瓶。酔いが混ざった喧騒と、胸がむかつくようなアルコールの匂いは、この歳になるとずいぶん身に馴染んでしまったように思う。酒場が賑わうこの時刻、とうに陽は落ちており、軽く開かれた窓の隙間風がそぞろに夜の香りを運んできていた。

「……スモーカー。お前、もう少し気ィ付けてやんなさいよ」

 氷の入ったグラスがカランと音を立てる。おれの右隣、酒を煽っていた青キジは、ぽつぽつと続く取り留めもない会話の中で、ふとそんな事を言い出した。

「なんの話だ」
「決まってんでしょ、ナマエちゃんのことだ」

グラスをテーブルの上に置き、青キジは頬杖をついてこちらを見る。溜め息と共に吐き出されたその台詞に、おれは眉をひそめていた。

「……心当たりがねェ」

 青キジに勧告されるほどあの少女を放置したつもりもないし、気を付けねばならないほどの問題が発生した記憶も無い。この男がナマエをやたら気に入っていて、かつ気に掛けているのは今に始まった話ではないが、ここまで過保護だったろうか、と酒の入った頭を巡らせる。しかしいくら同居人、相手が子供と言えど、過干渉は控えるべきだと考えれば、その点にまで青キジに口を出されるのは些か不快ではあった。

「そう気を悪くすんな、スモーカー……真面目な話だ。てかお前知ってる? あの子の交友関係」
「おれが知るわけねェだろう。んなこたァ親にだって話さねェよ」
「そうも言ってらんないのよ。お前もそろそろ焦った方がいいんじゃねェの……」

 酒のせいか普段より饒舌な青キジの口から、誰がどうの、ナマエがどうのと次々に具体例が持ち上がる。薄々勘付いてはいたものの、予想以上の浸透っぷりに、おれは正直なところ言葉を失っていた。確かに多少独特な性格だとはいえ、あいつは身寄りが無いだけの単なる保護対象に過ぎない。上層部には容易にあれの言動を許していいのかと言いたくもなるが、しかし事実、青キジが話題に出さなかったおれ達も、同じ穴の狢であることは重々承知していた。

「実を言うとこの件はほぼおれのせいなんだが……この間あの子、サカズキと妙な約束までしちまってな」
「……赤犬と?」

 頭を抱えるような姿勢のまま、青キジはグラスを傾ける。冷えたガラスに付着した水滴が、テーブルにいくつかの染みを残していた。

「ナマエちゃんが何を言ったと思う? ……海軍本部に置いて欲しいがために、あの子は自分が正義に反したとき、サカズキに与えられる死を受け入れると言ったんだ」

 思わず息を飲む。灰皿に乗せられた葉巻の煙が、霞むように揺らぐのが見えた。

「おれァナマエちゃんが心配なのよ、スモーカー」

 青キジの長い溜め息を聞きながら、顔を上げる。時計の針は、既に午後11時を告げていた。

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