No Smoking


▼ 07-1/4

「う〜…………ん」

 インテリア店でカーテンを片手に首をひねる。

 やはり白だろうか。わたしとしては、こっちのデザインちっくなのも好きなんだけど、スモーカーさんにはちょっと似合わない。あの人のイメージカラーといえば白だ。しかし今になってスモーカーさんほど白が似合わない人もいないような気がしてきた。白というと清廉で無垢なイメージ……染み付くようなタバコの匂いやむさ苦しいヤクザとは相容れないところである。ていうか白いのはスモーカーさんというより、愛すべきふわとろの煙だ。

「……まあ、こういうのは今度でいいや」

カーテンを商品棚に戻し、わたしはすでに買い溜めた袋の山を抱えて店を去る。見に来たはいいけど、買って帰るにはわたしの手が空いていないのだ。ひとまずは、歯ブラシとか、髪ゴムとか、シャンプーとか、消臭剤とか……そういった細々とした消耗品を揃えておこうという魂胆である。まあ、それも大体購入した。腕も疲れてきたし、一旦戻るとしよう。

 わたしはマリンフォードの西町にある、スモーカーさんの自宅へ足を向けた。




 センゴクさんと謎の人物おつるさんによる、提案のような指令のようなお言葉により、なぜかわたしは引き続き、スモーカーさんのお世話になることになってしまったらしい。

 最初に出た言葉はこれだ。――「あんまりです」

 正直に言おう。確かにわたしはスモーカーさんと一緒にいるのは割と気楽だし、睡眠のこともあるし、トラブルの対応にも心強いし、お礼の機会も欲しかった。だけどそれはそれ、これはこれだ。

 なにしろ……なんだかんだ、わたしはずっと、離れがたい気持ち:解放される喜びイコール2:3、くらいの気持ちでいたのだから。そうだ、船旅の間、わたしはあの頭を悩ませてくる葉巻、所構わず煙を吐き出すヘビースモーカー、恐怖の匂い移りに常に怯え暮らしてきた。マリンフォードに着いてから、迷子ながらも案外心穏やかに、またスモーカーさんの喫煙に寛容であれたのは、その副流煙とおさらばできると信じて疑わなかったせいでもある。だというのに、だ。

 わたしの拒否はセンゴクさんには意外だったらしいが、結局取り止めてくれる気も無かったようだ。スモーカーさんはやっぱりこうなるのか、とひとりごちていたが、わたしの内心はやっぱりとかそんな感じでは済まない。
 だってそれつまり、今後わたしが海軍に保護されてる限りは、スモーカーさんと同居ってことだろう。あんまりだ。ていうかうら若き乙女のわたしを、海兵とはいえいい歳した男に預けるとはどういう了見だ海軍め。プライバシーも人権も青少年保護育成条例もあったものではない。てかスモーカーさんの家ってそれ絶対劇物だろう、染み付いた匂いがやばいんだろう、知ってんだからな。

 そんな感じで昨晩は泣く泣くスモーカーさんにしょっ引かれ、お家へ引きずりこまれ、ベットに放り投げられ、煙を貸していただき安眠した。なんかものすごく負けた気持ちになった。悔しい。

 朝になると諦めとともに冷静になったわたしは、ようやくこの件について詳しく思案する余裕ができていた。
 そもそも、スモーカーさんの家ってのはどういうことだろう。てっきり海兵は海軍本部の兵舎か何かに泊まるのかと思っていた。それにあの人、しばらくの間マリンフォードを出ていたと聞いたのだけど。

 その話をまだ運良く海軍本部に行く前だったスモーカーさんにお聞きすると、朝食を食べつつ説明していただけた。話によると、マリンフォードの町には本部の海兵の家族が住んでいるため、自宅で寝泊まりする海兵が多いそうだ。スモーカーさんももともとは本部の部屋を使用していたのだが、出張のたびに出入りするのが面倒になり、いっそのことと町に家を買ったらしい。いやそれ出張させられすぎだろう、確実に目をつけられてるだろう、アホなのか。

 スモーカーさんのお家は、家といってもアパートの一室のようなもので、しかしそれにしては少し部屋数が多いといったところだった。多分2LDKとかそんなんだ。立地も良く、景観も良く、正直言っていい感じの家だった。……だがやはり匂う。留守中も時々人の手が入っていたのか綺麗なものではあったが、ここの世界の人たちは匂いに関してはルーズすぎる。この匂いの中で生活していたらわたしの人間としての尊厳は失われるだろう。そういうレベルだ。

 もはや開き直ろうじゃないか。そうだ、わたしはこの家を強敵スモーカーさんから守るセンチネルとなろう。この家を富士山の頂のごとく清涼な空気に満ちた快適な空間にしてみせる。そしていつかスモーカーさんを家の中から締め出して、ベランダあたりに彼の私室を作ろう。そうしよう。

 そうと決まればわたしの立ち直りは早い。そんなこんなでひとまずは買い出しだ、と今朝スモーカーさんにもらったお小遣いを手に、わたしは意気揚々と街へ繰り出したのだった。そして冒頭に戻る。



 帰宅したわたしは悩ましげな気持ちで首を傾げていた。

 うーん、どうにもイマイチだ。予想はしていたがやはり、消臭剤の質が悪い。わたしはいい匂いを重ねる芳香タイプの消臭剤とは気が合わないので、どうしたって無臭を目指す形になるのだが……。やはり自分で作るのが一番なのだろうか。かねてより"消臭"と呼ばれるわたしではあるが、せっかくだし次は"無香"を目指したい。目標は常に高く持たなくては。

 購入してきた生活用品をあるべき場所に置き据えて暇になったわたしは、現在こびりついた匂いと格闘しているのだが、やはりすぐに取り去るのは難しい。まずはカーテンもソファカバーもカーペットも全部洗濯、もしくは取っ替える必要がある。かなりの大仕事に、しばらくは忙しくなりそうだ。

「しかし、どこで洗えば……」

クリーニング店とかあるのだろうか。手洗いするにはサイズもサイズなので大変そうである。船旅の間は、海兵さんたちの服を一気に洗うべく、手動の巨大洗濯機とかが据えてあったりしたけれど……。

「あ、……海軍本部で借りたらいいのか」

幸いここから海軍本部は割と近い。まだ追い返されたのは記憶に新しいけど、センゴクさんかクザンさんかスモーカーさんかが話を通してくれてるなら、運が良ければ入れるかもしれない。

 ひとまずやることもないので、わたしは早速海軍本部に向かうことにした。

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