No Smoking


▼ 04-1/3

「おお……!」

 硬い地面。揺れない地面。石畳の敷かれた地面。特徴のない素朴な地面。飛び跳ねても階下の人に「うるせェ!」と怒鳴られない地面。ああ地面、あなたとの再会はもっと先になるとばかり思ってました。

 軍艦が上陸したのは、大きな港町がどんと構えている景観のいい島だ。スモーカーさん曰く「小さい島」らしいけど、そんな感じはあまりしない。わたしには島の大きさの基準とか全くわからないのだが、とりあえず、あの街で品揃えの少なさに困るということはなさそうだ。

「あんなに楽しそうなナマエさん、初めて見ましたね」
「いつもあんなもんだろう」

 嬉しそうなたしぎ姉さんと呆れ顔のスモーカーさん。そして地面の上で感激に浸るわたし。わたしも自分がここまで陸地に愛情を感じているとは思っていなかったが、いやなに、船旅続きとなれば人間誰しもこうなってしまうはずだ。

「初めて上陸したわけじゃァあるまいし」
「いいえスモーカーさん、ナマエさん人魚説が正しいなら、初めて地面に立ったのかもしれないですよ」
「……たしぎ。てめェが噂に踊らされてどうする」

スモーカーさんは地面にすがりつくわたしの襟首を、子猫にするように掴んで無理やり引き起こした。いきなりなにするんだ、首締まって死んでしまうぞ。

「あまり浮かれるな。ここは凪の帯の外だ。この港周辺に海賊船は見当たらねェが、島の裏にも港があるらしい。気を抜くなよ」
「海賊船かあ、見たことないです。大海賊時代ってなんの冗談かと思ってたんですけどマジなんですね」

 わたしの常識では海軍が海を徘徊している時点でなんだそれ、というところなのだが、なんとこの世界の海には数多の海賊が跋扈しているという。海賊と言われてもぬくぬくと平和な日本で育ったわたしにはなんとも縁遠い話で、いまいち現実味が持てていなかったのだが、スモーカーさんの口調からしてやはり冗談ではないらしい。

「か、海賊を見たことがないなんて……一体どんな場所で育ったんですか? ナマエさん」
「うーん、日本、なんですけど」

まあ異世界なのだから、日本日本といっても通じるはずはない。頭をひねるたしぎ姉さんに、スモーカーさんはギロリと厳しい視線を向けた。

「……お前ら二人でこの島をうろつかせるのは正直気が引けるが、船の修繕もあれば過保護にゃしてられねェ。たしぎ、てめェはマヌケだが、それでも本部曹長だ。いいな、その肩書きにかけてしっかりやれよ」
「はいっ!」

手のひらを額に向けて、スモーカーさんに敬礼するたしぎ姉さん。こういう姿を見ると、いつも間の抜けたたしぎ姉さんにも海軍曹長の威厳を感じるというものだ。

「では行きましょう、ナマエさん!」
「はい。それじゃスモーカーさん、行ってきます」
「……あァ」

日本式のお辞儀をかましながらスモーカーさんに別れを告げ、わたしは勇み足のたしぎ姉さんとともに街めがけて歩き出した。

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