No Smoking


▼ 17-3/3

 朝ぶりに訪れた室内を見やれば、ダイニングチェアにちょうど腰を下ろしたところのスモーカーさんが目に入った。リビング奥のベランダを隔てるガラス戸には、すでに白いカーテンが引かれている。キッチンを見ると積まれた一人分の皿。どうやら食器洗いも済ませといてくれたらしい。そんな慣れない感覚をどことなくむず痒く感じつつも、わたしはいつもの調子でスモーカーさんの背中に声をかけた。

「この家で一人で食事なんて久しぶりだったんじゃないですか、スモーカーさん」

 パラパラと紙を捲る音と共に、一息遅れてスモーカーさんからの返事が返ってくる。どうやらまた新聞か手配書かなにかを眺めているらしい。近頃のスモーカーさんは、以前に増して資料とにらめっこをしている時間が長いのだ。

「……まァな。結局、お前の飯には違いねェが」
「やっぱりわたしが居なくて寂しかったですか?」
「抜かせ」

悪態とともにかふりと吐き出された煙が天井を揺蕩う。それを眺めつつ、そういえば今日は必然的に掃除も消臭も手ぬるくなってしまったし、明日は常にも増して念入りにやんないと、などと考える。
 キッチンの横を通り過ぎてダイニングへ歩を進め、おや、とスモーカーさんの傍らで足を止めた。さっきテンパってて気づかなかったけど、スモーカーさんの白髪はうっすらと湿り気を帯びていて、毛先からも僅かに雫が垂れ落ちている。

「あれ、もしかしてもうシャワー済ませました?」
「……まァ、やることもなかったんでな」
「へー、早いですね。それならわたしも疲れたし、さっさとお風呂入って寝ちゃいますね」

ぐいと伸びをしながらそう言うと、スモーカーさんは資料から目線を外し、首を傾けて横目にこちらを見上げてきた。なんとなく珍しい立ち位置だ。この人に見上げられる状況ってのは、同居していると言っても実際のところそんなに多くはないし。

「――そりゃ、せっかく粧し込んでんのに勿体ないんじゃねェか」

 葉巻をくゆらせつつ、冗談めかしてそう口にするスモーカーさん。……ああ、もう、またこの男は。わたしはぐっと堪えてため息をつく。

「いい加減からかうのやめて下さい。わたしだって好きでこんな格好してるわけじゃないんです」
「そう卑屈になるほど悪くもねェよ。あいにくおれの趣味ではねェが、お前にゃ似合いだと思うぞ」
「嬉しかないです」
「褒め言葉くらい素直に受け取れ。普段から洒落っ気もねェんだ、偶にゃいいじゃねェか」

くつりと喉を鳴らしてから、彼はふと面を上げた。じっと観察するような眼差しがわたしの顔面に注がれて、思わずたじろいでしまう。なんだってんだ、いきなり人の顔をじろじろと。

「しかし、まァ……」

 含みのある声で呟いたスモーカーさんは、帽子からはみ出したわたしの髪を掬い上げ、柔らかく耳に引っ掛けてくれた。葉巻の色濃い香りがふわりと漂う。いつもの動作だと意に介さずにいたのだが、彼はそのまま、耳元に触れていた手を顎の方に移動させてきた。想定外の行動に、自然と見開かれるわたしの目。

「え」

いきなり触れてきたスモーカーさんの親指に、つ、と唇をなぞられた。ヒナさんが薄っすらと施した口紅を拭うように、空恐ろしく丁寧な所作で、彼の指が皮膚の上を撫でさする。追いつかない思考に反して、わたしの唇はそのかさついた指先を素直な柔らかさで形取っていく。唖然とするわたしをからかうみたいに、スモーカーさんの目がすうと細められた。

「……色気付くのは、まだ早ェと思うがな」

唇から伝わるスモーカーさんの温度がふつと途絶えた。視界の端に映るのは、彼の指先に伝播した薄桃色の口紅。それは、仄かで、不慣れな化粧の色。



「だ、……、っお、お風呂、行ってきます」

 ばっと上半身を跳ね起こした。慌てて踵を返し、自室に飛び込んで寝間着ををひっ掴み、スモーカーさんの方を見ないようにリビングダイニングを通り抜け、脱衣所の扉を閉め、鍵をかけ、そしてようやく一息。

「は、あぁ……」

ドアを背に、頭を抱えて呻き声を上げる。あり得ないくらい顔が熱い。

 ――セクハラだ。紛うこと無きセクハラだ。いつにも増してタチの悪いセクハラだ。女の子の唇ってそんな軽々しく触って良いもんじゃないだろう。てかなんだあの空気! 相変わらずからかわれてたのはそうなんだけど、なんか……やましい感じがしたような。ああ、スモーカーさんはいい大人だし、あんなボディタッチに深い意味なんてないのだろうけど、こちとらピュアピュアの乙女なのだ。軽率に手を出されると本当に困る。
 かぶりを振って脱衣所に備え付けられた洗面台の鏡の前に立った。うっわ、高熱でもあるんじゃないかってくらい頬が赤い。耳まで真っ赤だ。なんだこれ、自分のこんな顔初めて見た。なるほど、これはスモーカーさんがおちょくりたくなるわけだ。迷惑な話である。
 まあいいや、気にしないとこう。どうせ向こうはわたしの反応を面白がってるだけなんだし、踊らされるのも癪だ。

 気持ちを切り替えるように、帽子を取って籠の中に投げ入れた。前髪の頑固な寝癖はふんわりと飛び出してくるが、後頭部の髪はお団子結びのまま素直に纏まったままでいる。しかしどうやったらこんな綺麗になるんだろうなあ。わたしこの頭とはそのうち20年の付き合いになるけど、未だに言うことなんて聞いてくれやしない。
 そして胸元のリボンを解いてケープを脱ぎ、それもまた籠へ。洗濯できなさそうな素材だし、あとで纏めてハンガーに吊るしておこう。果たして今後着る機会があるかは分からないけど。
 そしてその下のワンピース。可愛らしい丸襟が付いてるから前開きかと思いきや、脱ぐには背中のファスナーを下ろさねばならないらしい。わたしはそんなに体のやらかい方ではないので、こういう服は基本的に苦手だ。ひとまず背中に手を回し、仰け反るような体勢でなんとか金具を引っ掴み、そのまま真っ直ぐ引き下ろ――そうとした、のだが。

「………?」

ファスナーが微かな引っかかりを伝えてきた。少々下げにくいが、どうせ糸を巻き込んだとかその程度のことだろうと、わたしは抵抗感を無視してもう一度ファスナーを引く。

「うん……?」

変だな、動かない。背中だから力が入りづらいとかそんなんだろうか。なんとなく嫌な予感を覚えつつ、わたしは再び力を込め、今度こそファスナーを引き、引き下ろ……

「……」

せない。


 いやいやいや……わたしはあほか。普段からこういうタイプの服は着ないから不慣れってのはあるにしろ、ばかなのかわたし。いや落ち着こう、まだやりようはある、大丈夫。一旦元に戻そうと引っ張り上げるが、しかしだめだ、うんともすんともしてくれない。どうやら完全に、布を噛んでしまった。らしい。

 …………。やらかした。

 嘘だろう、どうすりゃいいんだ。正面ならまだしも、背面となると現状把握すら難しい。頭から脱げたらいいんだろうけど、襟の詰まり具合からしてとてもじゃないけど厳しそうだ。とりあえず破れてもいいから無理やり、と言う手はあるけど、流石に新品の、しかも買ってもらった服をそこまでぞんざいには扱いたくない。詰んだ。となれば、これはもう、スモーカーさんに頼むしか……。
 いや、それは最後の最後の最終手段、それに出るのは自分にできることを全部試してからだ。思い出せわたし、えっと、こういう時の対処法は確か――。



「あのー……スモーカーさん」

 数十分後。決死の努力が報われることはなく、肩の関節もとっくに限界値だ。いよいよ諦めて脱衣所から頭を出すと、相変わらずダイニングで難しい顔をしているスモーカーさんと目が合った。ああ、先程思いっきり挙動不審な逃げ方をしてしまったし、そもそも現状がどう足掻いてもあほなので、ぶっちゃけめちゃくちゃ気まずいどころの話じゃない。訝しげにこちらを見やるスモーカーさんへ、恥を忍んでもごもごと進言するわたし。

「ええと……その、いくら同居人とはいえ、男性にこう言うこと頼むのってほんと良くないって分かってるんですが……」

スモーカーさんは資料を閉じながら、口籠るわたしに胡乱げな眼差しを向けてくる。その目は思いっきり「今まで何やってたんだお前」と言っている。悔しながら返す言葉もない。

「ほら、わたし普段からこういうの着慣れないじゃないですか。それでその、ちょっと背中のファスナーが引っかかっちゃいまして……。にっちもさっちもいかないんで、申し訳ないんですけど、ええと……下ろしてもらって、いいですか……」

明後日の方向に目を逸らし、ほとんど消え入りそうな声でもそもそと呟いた。気まずい。さっきの件もまだ尾を引いてるってのに、まじで、穴があったら入りたい。そして案の定、スモーカーさんの性能のいい耳はわたしの頼みをあっさりと聞き届けてしまった。

「構わねェが……その程度、うだうだ悩まずに初めっから頼みゃいいだろう」
「……それはいくらなんでも、子供扱いしすぎです」

思わず眉を寄せながら言い返した。ばか言わないで頂きたい。だってこれ、見方を変えれば服脱がしてって言ってるようなもんじゃないか。軽率に頼めるわけないだろう。例え自分が子供扱いされてるからって、自衛の意識ってのは大事なんだ。たしぎ姉さんだってそう言ってた。まあ、結局こうしてスモーカーさんに頼んでしまってるわけだし、あんまり意味を為してない気もするけどさ。


 そんなこんなでスモーカーさんは呆れ顔しつつも腰を上げ、こちら側まで足を運んでくれた。彼が脱衣所に足を踏み入れた瞬間、部屋が狭いせいかあっと言う間に上昇した空気中のニコチン濃度。命が危ないので風呂場の戸を開けて換気扇を回しておく。そうしてわたしは引っ張り出した踏み台――これはわたしが高い位置の戸棚を開けられないため個人的に購入したものである――の上に立ち、彼にくるりと背を向けた。

「ささっとお願いします」
「おいナマエ……一体どうしたらここまで深々と布が噛むんだ」
「裏目に出た努力の成果です」
「……そういやァお前、妙なところで不器用だったな」

ため息混じりにそう言いつつ、スモーカーさんはおもむろにわたしの背中に触れてきた。一瞬、素肌を辿った彼の指先に、ぞわぞわと悪寒が通り抜ける。うわ、と飛び出そうな悲鳴を飲んで、わたしは思わず襟元を掴み、跳ねそうになる肩を抑え込んでいた。幸い、スモーカーさんには気づかれなかったようだ。
 てか、そうだ、すっかり忘れてたけどわたし、首から背中にかけてがめちゃくちゃ弱いんだった。まずいぞ、この状況は危険すぎる。微妙に堪えたりしてると、下手すりゃいかがわしい絵面になってしまう。ううん、いくら色気のない間柄とはいえ、耐え難いのでそういう気まずさは全力で回避せねばならない。何しろ今回はわたしから言い出したことなのだ。

「あの、スモーカーさん。あんま肌触んないようにしてくださいよ。冗談抜きでくすぐったいので」
「無茶言うな」
「……。できるだけ心がけてお願いします」

勢い込んだのもつかの間、背後からぴしゃりと飛んできた短くも有無を言わせぬ一喝に、わたしは不平を押し留めてすごすごと引き下がる。どうやらファスナーの現状は相当芳しくないようだし、頼んでおいて文句ばかりも言えなかろう。とはいえ、落ち着かないのに変わりはないんだけど……はあ、ほんと災難だ。恥ずかしいし、惨めだし、くすぐったいし。ヒナさんまさか、こうなるのも計算済みだったとか言わないよなあ、流石に。



 正面に備え付けてある洗濯機を、穴が空きそうなほど熱心に見つめる。金属がチャリと擦れる音と、どちらからとも言えぬ微かな衣擦れの音と、換気扇の回る音だけが耳に届く。背中を控えめに抑える五本の指圧に全神経を集中させているため、普段よく回るわたしの舌はずいぶん大人しく、それが余計に気まずさを助長させているらしい。スモーカーさんが黙々と作業に準じているのもあって、室内は妙に静まり返ってしまっていた。
 というかこの人結構器用なのにこんなに時間かかるって、一体どんなことになってんだよわたしの背中は。いや実際のところ、解除を始めてからまだ数分も経ってやしないんだろうけどさ。にしたってそわそわする。わたしは一体いつまでこの居たたまれなさとくすぐったさに耐えなくてはならんのか――

「――今日は」

 無言を裂くように、背後からスモーカーさんの声がかけられた。どうやららしくない沈黙に危機感を覚えていたのはわたしだけではなかったようだ。背中は動かさないように意識しつつ、俯けていた顔を上げる。彼の息が軽く毛先を揺らし、わたしの髪に煙の香りを残していった。

「……いい息抜きになったか、ナマエ」

 彼の問いかけに、ふっと不穏な感情が兆す。

 この人は、知っているのだ。わたしが今の状況、何も説明されないまま保護されているだけの現状を、どことなく不満に思っていることは。そしてそれを分かってるくせして話してくれる気はさらさらないってところに、そしてこんなことをいけしゃあしゃあと尋ねるところに、わたしはむかっ腹が立つのだ。まあ、追求しないわたしもわたしではあるのだが。

「……」

返答に困って無言を返した。ヒナさんに見張らせといてそれを聞くのか、と皮肉るのは簡単だった。だけど、それがわたしのためだと言うことも分かってはいて、だとしたら責めるようなこと言うのはお門違いなのであって――。ああ、こんな窺うような駆け引きを、スモーカーさんに対してしていること自体が、わたしは心底嫌なんだ。今まではもっと、気兼ねなく在れたはずなのに。

「スモーカーさんの方こそ、気が気じゃなかったんじゃないですか」

 少し不自然に話を逸らす。それに気づいていながら、スモーカーさんも言及してはこなかった。

「……それも、そうかもな。なにしろお前は、放っておくとすぐにトラブルを呼び込みやがる」
「失敬な。最近はこれといった問題も起きてないじゃないですか」
「油断した時が一番危ねェんだろう。……それで今日、気にかかることは何もなかったのか?」

 ……ほらまた過保護だ。今日の外出は、マリンフォードから出てすらいないのに。何だかんだ心配してくれてるだけ、とかだったら、ごちゃごちゃ悩まずに済むんだけどなあ。

「別に大丈夫ですよ。ヒナさんもたしぎさんも一緒でしたし――ああでも、マリンフォードの東町って、ここらより少し治安が悪いんですね」
「……どうしてそう思う?」

スモーカーさんは思案げな声で問うた。おや、となると、治安が悪いと言うのはわたしの勘違いだったのだろうか。

「いや、なんか変な路地があったので」
「変ってのは、どういう意味でだ」
「うーん、特に理由はないんですけど、妙に気になったんです。不良かなんかの溜まり場になってるみたいで……何だか分からないんですけど、嗅いだことないような匂いがしたから」
「珍しいな。確かに東は人通りが多いから、そう言う場所があっても不思議はねェが……」

背中からスモーカーさんの指が離れるのが分かった。もう済んだのだろうか。しかしそれにしては、襟元の開放感もファスナーの音も無い。

「なァ、ナマエ」

 背後から、再び声がかかる。

「なんです」
「……」

スモーカーさんの表情は見えない。ただ、ふわりと頬の横を通り抜ける煙の色から、彼の呼吸の間隙だけがうかがえる。それから、一瞬の沈黙のあと、スモーカーさんは小さな声で呟いた。

「もし、何か……小さなことでも構わねェ、少しでも危険を感じたら――すぐに、おれを呼べよ」

ひどく真面目な声色に、小さな笑いが込み上げる。助けを乞うヒロインなんて、ずいぶんわたしの柄じゃない。それでも、頼っても構わないと言ってもらえることは、同時に有難くもあった。

「……大袈裟ですよ、スモーカーさん」
「そうかもな。まァ、所謂予防線だ」
「なんのですか。……でも、そうですね。海のど真ん中でもわたしのことを助けてくれたスモーカーさんなら、どこに居たって見つけてくれそうです」

 冗談めかしてそう嘯いた。なにしろわたしは、なんだかんだスモーカーさんを結構信用してるのだ。これはある意味刷り込みに近いのかもしれない。普段から強く意識しているわけではないけれど、わたしがこうしてここで生きているのは、元を辿ればこの人のおかげなのだ。だからこそきっと、スモーカーさんには妙な安心感を覚えてしまうのだろう。

「わざわざ言い含めて貰わなくても、危ないとき、きっと真っ先に頼るのはあなただと思いますよ。スモーカーさんなら、誰より信頼できますから」

そう告げた途端、漂う煙が、ふつりと不自然に途絶えたように見えた。まるでその瞬間、息を飲んだみたいに。そのまま押し黙ってしまったスモーカーさんを不審に思って振り向きかけたとき、わたしの襟元に背中側をツンと軽く引っ張られるような感触が訪れた。

「あ」

 刹那、ジジ、と滑らかに下りるファスナーの音。胴回りを締め付けていた服の感触が緩まり、スモーカーさんの手が背筋を通って腰の方へ落ちていく。間髪入れずとん、と背中が叩かれ、ふっと遠のく葉巻の香り。わたしが振り向いたときにはすでに、彼との間には一足分の距離が開いていた。

「ほら、済んだぞ」
「わ、ありがとうございます。よかった、ほんとお手数おかけしました」
「あァ。……構わねェ」

そう言って葉巻をくゆらせるスモーカーさん。……なんか、なんとなく、こっちが微妙な気分になる顔をしている。具体的に言うと、どこか面白そうな、からかうような、そんな表情だ。この人がこう言う顔してるときは、大抵ロクなことがない。
 なんか嫌な予感がする。けど、予想がつかない。……いや、ほんとになんなんだ。

「逆上せねェうちに上がれよ」

とだけ告げて、訝しむわたしを無視してさっさと脱衣所から出て行ったスモーカーさん。ジャケットにでかでかと書かれた正義の文字を警戒しながら見送るも、特に何事もなく閉じられるドア。踏み台から降りて、一応鍵をかけておくが……気のせいだったのだろうか。

 首を傾げつつワンピースを肩からするりと脱ぎ落とした。胸元の謎の開放感に眉をひそめる。……何か、変だ。目線を落とす。何故か、下着ごと脱げている。

「……………」

背中を確認。下着の留め具が外れている。語弊があるから言い直そう、外されている。ブラの、ホックが、外されている。




「……………っの」


 あ、あの、あんのやろう、

「な、な、なんっ――てことしてくれんですか!」

 てかいつだ、いつ外したんだ! 全然気づかなかった、だいたいそんなタイミングほとんどなかっただろう、なんだこの無駄な技術は! あんのセクハラやろうめ、ちくしょう、さっきまでの話の流れをなんだと思ってんだ。ばかにしてるのか。ほんと、ほんとに……

「す、スモーカーさんのあほ、変態、色情魔! もう二度と、信頼してるなんて言いませんから――」

――前言撤回、あの男の前で油断してはいけない、絶対に。わたしの悲鳴に応えるように、ドアの向こうから、スモーカーさんの微かな笑い声が聞こえたような気がした。

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