No Smoking


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 頭の上に小鳥が乗っかっている。胸の上では野うさぎが暖を取っている。他にも野ねずみやら猫やらタヌキやら。しかしぴいぴいと元気に囀っていた小鳥は、のっそりと現れた背の高い影に驚いたのか、慌てたように飛び去ってしまった。

「伸び伸びしてんなァ、ナマエちゃん」
「あ、おかえりなさい」

 青チャリの番をしつつ、芝生に寝転んで動物に囲まれているわたしの頭の横に、アイスが大量に入った袋がドサリと降ってきた。席を外していたクザンさんが買い込んできたらしい。どう考えても買いすぎだと思うが、しかし全身氷人間のクザンさんはどれだけアイスを食べてもお腹を冷やさないのである。なんて便利なんだ。

「ホラ、おれの奢りだ」
「やった、いつもありがとうございます」

アイスのカップを差し出されたので、上半身を起こして受け取った。うさぎが落ちるまいと服にしがみついてくる。これだけ天気がいいのに指が痛いほどアイスが冷えているのは、やはりクザンさんの能力のおかげであるのだろう。全身氷人間の彼にかかれば炎天下でアイスが溶けちゃった、なんてことはまず起こらない。便利すぎる。
 時計は持ってないので正確な時間は分からないが、本部でお昼を食べてから数時間、おそらくちょうどおやつの三時くらいだろう。るんるんとカップを開けていちご味のアイスを口に運びつつ、わたしは隣に座り込んだクザンさんを振り仰いだ。

「しかし人懐っこいですね、ここの動物たち。野生動物がこんなんだと心配なくらいです」
「そう、不思議だろ……ここは地図に乗らねェくらい小さい島でな、天敵がいないせいか、こいつらも警戒心が薄いのよ」
「それにしても物怖じしなさすぎです。わたしディズニープリンセスにでもなった気分ですよ。やっぱ歌わなきゃいけませんかね、満更でも無いですけど」
「何言ってんだナマエちゃん……ま、こんな平和なとこは滅多にねえからなァ。おれのお気に入りの昼寝場所だ」

クザンさんがコラ、と言いながらわたしの胸元にしがみついていたうさぎをひょいと摘まみ上げる。残念ながらうさちゃんが埋もれるほどのボリュームはないので、気にしてもらわなくても構わないんだけど。しかしかくいう彼の肩も小鳥に陣取られ始めていて、わたしは思わず笑ってしまった。

「わたし、田舎好きなんですよ。マリンフォードはいいとこですけど、ときどき自然溢れる我が故郷が懐かしくなってたので……いやあ嬉しいです」
「そう言ってもらえて何よりだ。わりと退屈だからなァ……デートコースとしては失敗だが」
「そうでもないですよ。でもこの辺りで遊びに行くとしたら、やっぱりシャボンディ諸島とかですか?」
「んん、あそこは無法地帯があるからよ……観光ならまだしも、おれが行くと色々面倒くせえのな」

 へえ、と相槌を打つ。ぼんやりした知識しかないが、シャボンディ諸島では何番グローブとかごとに全く住民の層が違うらしい。海軍駐屯地もあれば観光客専用グローブも、さらには遊園地まで。そして番号で言えばはじめの方のグローブは相当な無法地帯らしく、海賊は跋扈し詐欺や恐喝は日常茶飯事、酷いとこまでいけば人身売買まであると聞く。しかし、絶対権力を持つなんたら人、とかのせいで海軍は黙認するしかないらしいのだ。
 わたしの場合、海軍でぬくぬくしているから知らないだけで、わりとこの世界は殺伐としていることをふとしたときに思い知らされる。クザンさんも大将なのだ、それなりに足枷もあるんだろう。

「ふーん、まあいつかは行きたいですけどね」
「ナマエちゃんが行くとなると、何かとんでもないトラブルに巻き込まれる予感しかしねえな……」
「失礼な、最近は特に事件も起こってないじゃないですか」
「だから逆に怖いんじゃないの」

 そう口にするクザンさんは半分冗談、半分本気の表情だ。うーん、しかし今のわたしは巻き込まれ体質というか長いものに巻かれる体質って感じだし、やっぱり運が悪かったのはたまたまだったんじゃないかと思うんだけどなあ。そしてさっきからクザンさんの両手に揉みしだかれているうさぎが虚しげにこっちを見てくる。なんだその目は……。



「しかし人目がないってのはいいですよね、落ち着きます」

 抹茶味を求めて袋を探り始めたクザンさんを横目で眺めつつ、溶けて柔らかくなってきたアイスを口に運ぶ。午後の陽気はぽかぽかと心地よく、アイスを食べるには悪くない暖かさだ。

「そうか? おれァナマエちゃんはワイワイ騒ぐのが好きな印象があるけどな」
「それもそうなんですけど、マリンフォードにいるとどうしても"保護対象"なわけじゃないですか、わたしって。それを感じないぶん、開放感があります」
「そりゃ……おれが居るのはいいのか?」
「まあそうですね。クザンさんはわたしの保護云々とは関係ないですから。クザンさんの雇用は海軍本部に顔を出す名目ではありますけど、今は違いますし」

あくびを噛み殺しつつ伸びをする。ああ、こんなに天気が良くなるなら、お布団でも干してきたらよかったなあ、と頭の隅で考えるわたし。家政婦の鑑だ。

「それにクザンさんは今、海軍本部大将としてでなく、プライベートでここにいらしてるでしょう。だからいいんです。スモーカーさんなんてわたしといるときは……というか四六時中"海兵"してますよ。こないだはちょっと気抜いてくれましたけど」
「そうか……ナマエちゃんの身元に関われないのは残念だったんだが、むしろ役得だったかもな」

抹茶味を探すのを諦めたらしいクザンさんは、チューペット的なアイスを齧りつつ頭を掻いた。とはいえ、クザンさんが普段ちゃんと大将やってるかと言われたら怪しいところではある。そもそも彼とは初めから気安かったし、わたしもなんだかんだこの人の前ではだらけちゃってるのかもしれない。

「で……ちなみにこないだっつーのは」
「あー、詳細は秘密です」

食い気味にそう言うと、興味ありげなクザンさんは面白がるみたいな視線を寄越してきた。うーん、このおっさんのことだから、添い寝の件を聞いたらそれなりにからかってくるに違いない。別に隠すことでもないとは思うけど、恥ずかしいし話したい内容でもないのだ。好奇心たっぷりなクザンさんをじろりと見やれば、彼は小さく笑って肩をすくめた。


「……ところで緑以外は何にもないとこですけど、アイスはどこで買ってきたんですか?」

 ぐるりと周囲を見回せども、あるのは風に揺れる原っぱと、背後の穏やかな雰囲気を放つ森と、打ち寄せる波ばかり。首を傾げるわたしに、クザンさんは指をぐるり回すジェスチャーをしてみせた。

「この島の反対側に一応民家があんのよ。そりゃもう小さい町なんだが。んで、行きつけの売店にアイス置いてたから買い占めてきた」
「ふーん……買い占めなくてもよかったのでは?」
「ん、フフ……そうだな、癖だ」

そう言いながらクザンさんは妙な顔で笑う。というか、普段見慣れない顔だ。それも……なんとなく、寂しそうな表情に見えた気がして、わたしはどんな癖だよと思いつつもからかう気にはならなかった。

「――あ、でも町があるとすると、こっちの方まで来たりもするんですかね」

 あまりに人気がないせいで無人島にでもいる気分になるが、小さくても町は町。ひょっこり人がいてもおかしくないのかもしれない。誰も居ないからと羽目を外すと痛い目に……とか考えていたら、クザンさんはゆるゆると首を振って否定した。

「いや、こっち側じゃほとんど見かけねェな。住民もここらの生態系には気を使ってるみてェだし、何十年も前から森に怪物が出るって噂があって、誰も……」
「待ってください、なんか聞き捨てならない言葉が飛び出した気がするんですけど」

 なんだ怪物って。生態系がどうのは分かるのだが、居もしない怪物に怯えて森に入らないって、そんなに原始的なのかここの住民。しかしアイス販売するくらいだし、そこまで未発達ではなさそうなんだけど……。
 となると、やはり本当に怪物がいる、とか。どんなんだそれ。もしかするとこの世界じゃ有り得ることなのかもしれないが、それにしたって何十年って放置しすぎだろう。全く手が出せないレベルだとすると、ここ、穏やかな光景と裏腹に普通に危険なのでは。

「お……もしやナマエちゃん怖ェのか?」
「いえ、クザンさんいるし特に心配はしてません」
「あららら、期待外れだな……頼りにされんのは嬉しいけどよ」
「素直に喜んどいてくださいよ。……ってそうじゃなくて、怪物って本当の話なんですか?」

怪しむようにそう言ったのだが、クザンさんは当たり前のように「勿論だ」と頷いた。やっぱりまじなのか。しかし怪物か……言葉の響きがあまりにも眉唾なんだよなあ。


「……知りたいか?」

 訝しさに眉をひそめながら最後の一口を食べるわたしから、空になったアイスのカップを掠め取りつつ、クザンさんはゆっくりとした語調で問いかけてきた。おやと思って見上げると、彼はやはり似合わない、変に真面目な顔をしていて、思わず言葉に詰まってしまう。やっぱり今日のクザンさんはちょっとおかしい。てかいつの間にチューペット食べ終わったんだクザンさん。

「何を、ですか?」

そう問い返すと、なにを思ったのか彼は軽く口角を上げて、緩慢な仕草で立ち上がった。全てを諦めたような目のうさぎがころりと芝生に転がされる。わたしも小動物たちを踏んづけないよう慎重に腰を上げ、服についた草をぱたぱたと払い落とした。

「そりゃ……怪物のことよ」

クザンさんはアイスの袋にゴミを放り入れて、森の方へ向き直る。彼はわたしと視線を合わせ、確かめるように、もう一度質問を投げかけた。


「怪物の正体、知りたいか? ナマエちゃん」


 森の方から、髪を揺らす風とともに、誘うような葉擦れの騒めきが聞こえてきた。






「いや、知りたくないです」
「……ナマエちゃんはいい意味で期待を裏切らねェよな。おれァ好きよ、そういうところ」
「知りたくないって言っても行くんですね?」
「興味無くはないんでしょ」
「まあ……はい」

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